フィールドの魅力を掘り起こすフィールドマイニング

掲載誌

電子情報通信学会誌, Vol.91, pp.237--241 (2008)

あらまし

日々の生活は,見えているのに見ていない,聞こえているのに聞いていないことに溢れている.しかし,そのようなことに意識が向くような仕掛けに接すると,フィールドの魅力に気づくことができるようになる.このように,人とモノと環境との関係を再構築することによってフィールドの魅力を掘り起こす方法論がフィールドマイニングである.本稿ではフィールドマイニングの概要とこれまでの取り組みについて述べる.

キーワード

フィールドマイニング,意識変化,行動変化,仕掛け,再発見

1. フィールドの魅力

子供のころは日々が発見に満ちていた.遠くから聞こえる小鳥のさえずりに耳を澄ましたり,道端に咲く花の匂いを嗅いだり,狭い路地裏を探検するといった心躍る体験は誰にでもあるだろう.このようなフィールドの魅力は今も身近な生活空間の至る所にある.しかし,大人になるにつれて,見えているのに見ていない,聞こえているのに聞いていないことが多くなり,子供の頃に心ときめかせた体験が日常生活からすっかりなくなってしまった.

大人になるにつれてフィールドの魅力に気づかなくなるのは,忙しく毎日を生きているうちに,見慣れたフィールドへ意識が向くほど気持ちに余裕をもてなくなるからであろう.生きていくためには働かないといけないので忙しさから逃れることはできないが,だからこそ日々の生活の中にほっと一息つけるひとときは必要である.フィールドの魅力に気づくことは,身の回りの環境の中に喜びと楽しさを見いだすことであり,日々の生活に潤いと安らぎをもたらす.``Stop and smell the roses.''の諺にもあるように,長い人生だからこそ,その道中はめいっぱい楽しむべきである.少しでも生活の中に憩いの時間を見いだすこれができれば,人生はずっと楽しくなる.

フィールドの魅力を気づくためには,フィールドにちょっとした仕掛けを設けて,人の意識を少し変えるだけでよい.そのように,人とモノと環境との関係を再構築することによってフィールドの魅力を掘り起こす方法がフィールドマイニングである[9, 10].フィールドマイニングでは,ちょっとした仕掛けを考案して実践し,その効果を検証することによって,方法論の体系化を試みている.本稿では,フィールドマイニングの概要とこれまでの取り組みについて述べる.

2. フィールドへの仕掛け

人の意識を少し変えることに大がかりな仕掛けは必要ない.例えば,天王寺動物園には図1に示す円筒形の仕掛けが何の説明もなく置かれている.この前を通りがかった人はその筒に興味を示し,よく分からないながらも穴があるので覗き込み,その先に見えるあるモノに気づく.また,同じく天王寺動物園には図2に示すように「見上げてごらん」「うらも見てごらん」と書かれたシールが貼られている柱がある.このシールにつられて人が見上げたり柱の裏を覗くと,そこに置かれたあるモノに気づく.


図1.円筒形の装置


図2.柵の柱に貼られたシール

もっと身近な生活空間にもフィールドの魅力に気づかせる仕掛けは溢れている.例えば,日本の夏の風物詩になっている風鈴は目に見えない風の流れを音に変えて意識させる仕掛けであり,その澄んだ音と相まって聞く人に涼しさを感じさせる.また,デジタルカメラは手に持って歩くだけで自然と被写体を探すようになるので,これまで見過ごしていたモノに気づくようになる.ICレコーダーを手に持って歩けば耳に入ってくる音を聞き分けるようになり,まちが様々な音に溢れていることや,それが場所や時間によって変わっていくことに気づく.ベビーカーを押しながら歩いてみると,地面のちょっとした段差やデコボコにも注意を払うようになる.わざとゆっくり歩いてみたり,目をつむったり後ろ向きに歩いてみると,道幅や曲がり角までの距離感をぐっとリアルに感じるようになる.

このように,ちょっとしたきっかけで感覚が覚醒してフィールドへの意識が変わり,それまで気づかなかった様々な事象に気づくようになる.町中に物理的な仕掛けを勝手に設けることは難しいが,地域のイベントに仕掛けを持ち込んで,イベント参加者にフィールドの魅力に気づいてもらうことはできる.松村研究室がイベントに参加して行ったフィールドマイニングの取り組みについては 6. で紹介する.

3. フィールドのイメージアビリティ

まちのイメージのしやすさを表す概念に,Kevin Lynchにより提唱されたイメージアビリティがある[4].ここでのイメージは,パス,エッジ,ディストリクト,ノード,ランドマークによるまちの形態的な特徴によって知覚されるものである.例えば,まちを縦横無尽に知り尽くしており,どの道をいけばどの道につながっていて,そこには何があってどんな人が住んでいるかなどをありありと思い浮かべることができれば,そのまちのイメージアビリティは高いといえる.

したがって,フィールドマイニングはフィールドの特徴に積極的に意味を見いだすことによってイメージアビリティを高めるための方法論であると見ることもできる.そこで,フィールドマイニングの成果を測る一つの指標として,フィールドのイメージアビリティを定量化することを試みている.

また,よく慣れ親しんだ場所には自然と愛着が沸くことから,フィールドのイメージアビリティが高くなれば,そのフィールドへの愛着が芽生えるという仮説を持っている.そこで,地域活性化のイベントに積極的に参加してフィールドマイニングのイベントを実践し,仮説の検証を試みている.

一方,フィールドマイニングの方法論としての有効性については,フィールドへの仕掛けがどのような意図変化と行動変化をもたらし,それがどのようにフィールドの魅力発見につながったかによって評価することを試みている.具体的には,アンケートやインタビューによる意識調査や,イベント参加者の発言のプロトコル分析や行動観察を行っている.

4. フィールドマイニングの特徴

「フィールドマイニング」という言葉は,大量のデータを計算機で分析して法則や知識の発見を試みるデータマイニングから作った筆者の造語である.しかし,見えているけど見ていない,聞こえているけど聞いていないといったことは人間の意識や五感に関わる現象であり,計算機がデータを分析して見つけられる類のものではない.そこで,フィールドマイニングでは,フィールドの魅力に気づくのは人間の役割であることを明確に意識し,計算機を使うことにこだわらずに紙と鉛筆でできることは紙を鉛筆で実行する,というスタンスを取る.計算機を使う制約を外すとイベントの自由度はぐっと広がり,シンプルな仕掛けを設けることでイベント参加者への敷居もぐっと低くなる.

また,フィールドマイニングでは生活空間と地域住民を主な対象とするので,実験条件を統制した定量的な比較実験を行うことは難しい.そこで,個別特殊な事例を統一的な観点から定型的に記述し,その記述からフィールドマイニングの効果を定性的に考察する定型的定性評価がフィールドマイニングの評価方法となる.3. で述べたようにフィールドマイニングでは,フィールドのイメージアビリティ,意識変化・行動変化およびその結果としてのフィールドの魅力発見が課題となるため,これらを定型的に記述する必要がある.

5. フィールドマイニングの社会的意義

見ていなかったものを見るようになる,聞いていなかったことを聞くようになることは,単調な日常生活に彩りと憩いのひとときをもたらす.このような考えは近年スローライフやクオリティ・オブ・ライフが叫ばれるようになるよりもずっと以前からあり,たとえば1000年以上昔の「枕草子」の時代から,清少納言は季節の移り変わりや日常を観察して「をかし」な事柄を描いていた.フィールドマイニングが取り組もうとしていることは,今も昔も変わらず探求され続けてきたものである.

また,誰でもフィールドマイニングを自ら実践できるような方法論を構築することによって,地域のイベントや子供の自由研究を通して社会に還元することを目指している.このように,フィールドマイニングはいわば人々の人々による人々のための活動であり,社会貢献できる可能性を秘めている.

6. 事例

本章では,筆者らがこれまで取り組んできたフィールドマイニイングの事例について簡単に紹介する.

6.1 新旧住民のまちイメージの共有

阪神淡路大震災の被災地では,昔から住んでいる旧住民と震災後に建てられたマンションに引っ越してきた新住民との交流不足が社会問題となっている.この原因の一つには新旧住民のまちに対するイメージの違いがある.そこで,新住民,旧住民が感じているまちの魅力スポットをそれぞれ景観マップにまとめ,「第2回青木ふれあいフェスタ」(2006年10月29日に神戸市東灘区青木地区で開催)にてイベントを行った[6].図3に示すようにそれぞれの景観マップを並べて展示し,新住民には旧住民の意見から作成した景観マップ,旧住民には新住民の意見から作成した景観マップを見てもらうことで,お互いが感じている魅力スポットを再認識してもらい,新旧住民の相互理解を深めてもらった.プロトコル分析と行動分析によって,景観マップを比較することによる意識変化が確認された.


図3.第2回ふれあいフェスタでのイベントの様子

6.2 小冊子による屋外昼食行動への誘い

オフィス街では,お弁当を持参もしくは買った人の大多数がオフィス内で昼食を食べている.しかし,公園や遊歩道に加えて,オフィスビルの敷地内には誰でも自由に利用できる公開空地が数多く存在しており,そういった場所を屋外昼食場所として利用するようになれば,都市の新しいライフスタイルを創出できる可能性がある.そこで,大阪の中心的なビジネス街である大阪府大阪市中央区の淀屋橋〜本町周辺における屋外昼食場所をフィールドワークによって選定し,小冊子「お弁当日和」(図4参照)にまとめて,2006年11月8,9日に対象地周辺にて路上配布した[14].小冊子に同封したアンケートによって,屋外昼食行動への意識の高まりが確認された.


図4.屋外昼食場所を示した小冊子「お弁当日和」

6.3 音風景によるまちイメージの喚起

音風景とは生活体験,歴史,文化に根ざした音が呼び起こす心象風景のことであり[15],リアルな音風景を描ける人は高いイメージアビリティを持っているといえる.そこで,「第3回淀川アート見本市」(2006年11月19日に大阪市淀川区で開催)に参加し,音風景を想起させるイベントを行った(図5参照).商業地域,繁華街,淀川土手,神社,学校などが集まり多様な音風景を生み出している大阪市淀川区十三地域において録音した音を聴いてもらいながら音風景を想起してもらった.プロトコル分析とアンケートにより,まちへの興味の高まりやまちの魅力への気づきを生んでいることが確認された[8].


図5.第3回淀川アート見本市におけるイベントの様子

6.4 地域の名所を利用した交流イベント

大阪大学の最寄り駅である石橋駅から延びる石橋商店街は,約160店舗が軒を連ね1日に約1万5千人が行き交う活気ある商店街である.大阪大学の学生の通学路にもなっているが,商店街の人々から学生との更なる交流を望む声が上がっていた.そこで地域住民と大阪大学の学生との交流イベントとして,石橋商店街と大阪大学の裏門をつなぐ通称「阪大坂」を利用した「えびす男選び@阪大坂2007」(2007年1月10日に実施)を企画・実施した.阪大坂を一斉に駆け上がって今年の福男・福娘を選ぶイベントであるが,レース後に商店街の人たちによる炊き出しを囲みながら交流を深めてもらうことがイベントの本当の目的であった.約80名(レース参加者57名,学生スタッフと商店街の人たち約20名)の交流が行われ(図6参照),テレビ局や新聞社などのメディアに取り上げられたこともあって商店街の人びとおよびイベント参加者からの反響は高く,アンケートにより商店街に対するイメージアビリティが高まったことが確認された.


図6.レース後の交流の様子

6.5 らくがきマップによるまちイメージの共有

SNSのようなウェブ上のコミュニティでは活発に情報交換が行われているが,実世界ではそういった不特定多数の人たちと情報交換する機会はほとんどない.そこで,書き込みができる1.8メートル四方の巨大な「らくがきマップ」(図7)を制作し,住民の共同作業によってらくがき地図を地域情報で埋めていくことで,住民たちのイメージアビリティを高めることを試みた.石橋商店街のコミュニティスペース「クルルいしばし」に2007年6月4日から2007年7月31日まで(閉館日と商店街のイベント期間を除くと実質43日間)らくがきマップを設置し,マップの形跡観察および近隣店舗へのインタビューにより,質問・回答・感想・クチコミ・写真貼り付け・イラストなどバラエティに富む43件の書き込みにより情報交換が行われていたことと,小学生からお年寄りまで幅広く利用されていたことが分かった[3].


図7.らくがきマップ

6.6 フィールドマイニングゲーム

子供と大人が一緒になってゲーム形式でフィールドマイニングを楽しめるように考案したのがフィールドマイニングゲーム(FMG)である[1].あらかじめ対象地域内で興味を持った対象をデジタルカメラもしくはカメラ付き携帯電話で撮っておき,ゲームを開始したら2チームに分かれて相手チームが撮った写真の被写体を制限時間内に探すゲームである.2007年6月25日に大阪府池田市石橋駅周辺,2007年8月23日に香川県の直島でFMGを行い,インタビューおよびアンケートにより,FMGが対象地域への意識を高め,楽しみながらフィールドのイメージアビリティを高めることを確認した.

7. 今後の展望

本稿ではフィールドマイニングの概要,およびこれまでの取り組みについて駆け足で紹介した.フィールドマイニイングは2006年1月に立ち上がったばかりの歴史の浅い研究分野であり,地域イベントと連携して手法を探りながら事例を増やしているところである.

フィールドの魅力を発見する試みとしては,都市風俗を観察する考現学[5],トマソン(街中の芸術的な無用の長物)を観察する路上観察学[1, 2],場所の多義的な可能性を探求したマゾヒスティック・ランドスケープ[7]等でも取り組まれている.一方,フィールドマイニングではフィールドの魅力を人々に気づいてもらうことに主眼を置いており,そういった意味では,アハ体験[12]や情報デザイン[13]との関連が深い.これらの試みに加えて,情報学,メディアアート,社会学,心理学といった関連分野との連携を図りながら,フィールドマイニングの方法論を体系化することが今後の大きな目標である.また,フィールドマイニングの定型的定性評価法についてもまだ試行錯誤の段階であり,今後も事例を集めながら評価方法の整備に取り組んでいく必要がある.また,フィールドマイニングは子供の情操教育や高齢者のレクリエーション活動に役立てることも視野に入れており,地域イベントでの実践や各種媒体による情報発信を通して,フィールドマイニングの取り組みは徐々に広まっている.

文献

[1] 赤瀬川原平,南伸坊,藤森照信(編):路上観察学入門,筑摩書房 (1986)
[2] 超芸術トマソン,赤瀬川原平,筑摩書房 (1987)
[3] 市橋歩実,松村真宏,田辺稔規,當麻俊介:「らくがきマップ」による住民のまちに対するイメージの抽出と共有,ヒューマンインタフェースシンポジウム2007予稿集, pp.1055-1060 (2007)
[4] Kevin Lynch: The Image of the City, MIT Press (1960)
[5] 今和次郎(著):考現学入門,藤森照信(編),筑摩書房 (1987)
[6] 古西正広,松村真宏,市橋歩実,笹尾和宏,松田成貴:景観マップによるまちの情報共有と新旧住民の意識変化,第6回シナリオ創発ワークショップ予稿集, pp.24-31 (2007)
[7] LANDSCAPE EXPLORER:マゾヒスティック・ランドスケープ,学芸出版社 (2006)
[8] 松田成貴:音風景の聴き比べによる意識の変化と評価構造に関する研究〜十三地域を事例として〜,大阪大学大学院経済学研究科課題研究レポート (2007)(未刊行)
[9] 松村真宏:フィールドマイニング:人とモノと環境との関係を再構築する試み,第43回ヒューマンインタフェース学会研究会,信学技報 vol.107, no.59, pp.13-18 (2007)
[10] Naohiro Matsumura: Field Mining: Reconstruct Relations between Human, Objects, and Environment, Proc. First International Symposium on Universal Communicationp, pp.153-156 (2007)
[11] 松村真宏:フィールドマイニングゲーム,ヒューマンインタフェースシンポジウム2007予稿集, pp.1065-1068 (2007)
[12] 茂木健一郎:ひらめき脳,新潮新書 (2006)
[13] Robert Jacobson(原著):情報デザイン原論,ロバート・ヤコブソン(編集),篠原稔和(翻訳),食野雅子(翻訳),電機大出版局 (2004)
[14] 笹尾和宏,松村真宏,市橋歩実,古西正広,松田成貴:オフィス街の屋外昼食行動に関する人々の意識変化,第6回シナリオ創発ワークショップ予稿集, pp.32-39 (2007)
[15] R. Murray Schafer,世界の調律 サウンドスケープとはなにか,鳥越けい子(訳), 平凡社 (2006)