対論 No.53 「日本は、不平等社会か?」

The R Bi-Monthly Communication Nov/2000掲載)

R: 奥谷禮子(ザ・アール社長)

O:大竹文雄(大阪大学社会経済研究所助教授)

格差広がる大卒40代

R:佐藤俊樹さんの『不平等社会日本』が評判のようですね。その論の中心にあるのが、団魂の世代とその父親世代で、ホワイトカラーの管理職に就く率が高い、地位の継承が起きている、よって不平等だというものです。それに対して盛山和夫さんの反論が出ました。そこでは、中流崩壊は起きていないし、階級性が強まることもない、と述べられています。大竹先生も、基本的にはそれらしい兆候はない、ということですね。

O:そうですね。

R:ただ、人々のなかに何か不平等を意識する契機があるのは確かでしょうね。

O:そう思います。橘木俊詔さんの『日本の経済格差』もベストセラーになりました。経済格差とか不平等と言うと売れるというのは、潜在的に不平等を感じている人がいるということでしょうね。

 その読者は大卒ホワイトカラーの中高年層。背景としては、ここ23年で急激に人事制度や賃金制度が変わってきたことが挙げられる。

 そういう変化に直面しているのが40代で、統計でも90年代に大卒の40代で賃金格差が開いている。ただ日本全体で賃金格差が広がってるかというと、全然そんなことはない。

R:社会をリードする層に不安が強いわけですね。

O:もう一つは、給料カットとなって、衝撃が走ったということじやないでしょうか。トップと一番下の人を比較すると、昔と格差は変わってないんですが、賃金が下がった一部

の人がすごく惨めな思いをしている。それが不平等感が強くなったと感じる原因だと思うんです。


日本に階級はない

R:日本の“一億総中流”の中身の吟味もされるようになってきました。

O1970年代前半に、OECDが日本が先進国で一番平等な社会だと指摘した時は、日本の人口が若かったんですね。若い人が多いと賃金格差はつきにくい。

 しかし、団魂の世代が高齢化したら不平等が顕在化することは分かっていたわけで、昔から不平等だったとも言えるわけです。このあたりが佐藤先生の指摘の正しかったところですね。

R:もともと内部にあったものが、高齢化目前にして日立ってきたということですね。

O:そうです。ただ、戦後日本に階級があったかと言うと、それはなかったと思うんですね。イギリスの労働者階級では、子どもに教育は必要ないという親が多い。反対に上流階級は、教育は大事だと思っている。読む新聞も違うし、支持政党も違う。

R:これから階級的な社会が出現する可能性はいかがですか。

O:階層間の流動性が急激に低下すると、可能性がないとは言えません。たとえば教育に非常にお金がかかるとなれば、特定階層しか教育を重視しないということも起こりうる。

R:いま東大生の家庭は裕福な家庭が多いと言われてますね。

O:ただし、東大を出て、一流企業に入っても、そこで身に付けた技術が突然役に立たなくなる可能性があるわけですね。技術革新がどんどん続いてる間は、伝統的な階層ができにくい。

R:そうですね。銀行も官僚も、一つとして安定したものがない。


ダブルインカム進む高所得層

R:不平等が目立つ要因に、先生は高収入層のダブルインカムも挙げておられますね。

O:高所得層のダブルインカムはアメリカで起こった現象ですが、日本でも起こりつつあることですね。昔は高所得男性の奥さんは働かなかったのが、今は高所得同士のカップルが増えています。

R:これからもっとその傾向が強くなりそうな気がしますね。

O:そうだと思います。ただし、不平等度が高まったから悪いかというと、そんなことはないわけです。高所得で働く奥さんは家事を外注するかもしれない。その分、実質所得は下がっている可能性もあります。

R:私の周りに高収入のダブルインカムが多い。ご主人は大学の先生で、奥さんも研究所などで働いてる。ベビーシックー雇ったり、お手伝いさん雇ったり、経済波及効果がある。


幻想のデジタルデバイド

R:それと、経済格差拡大にIT技術が関連しているという意見もありますね。いまアメリカでデジタルデバイドで年収で3万ドルから8万ドル位の差がついてると。

O:デジタルデバイドは、日本ではほとんど表面化してないと思います。ただ、35歳以下で情報技術を持っている人は所得が高くなっているということはあるわけですが。

 ただ経済学の研究では、パソコンが使えるから所得が上がるんじゃなくて、新しい技術に対応できる人だから需要がある。そういう人たちは、たまたまパソコンを使えるような仕事をしているっていうことが本当の理由じゃないかと言われている。だから、求められているのはもっと深い能力です。

R:パソコンは道具に過ぎない。

O:そういうことですね。それにデジタルデバイドと言うと非常にネガティブに思われますが、所得格差がある程度つくこと自体は悪いことじゃないと思うんですよ。みんなが一生懸命そういう技術を学ぼうというインセンティブがつくわけですね。

 パソコンは10万円位で手に入るわけですね。インターネットの接続料金が高すぎると言っても、多くの人が自動車を持つ値段に比べたらずっと安いわけですよ。

 自動車を持つか持たないかなどと誰もオートデバイドの議論をしませんでした。みんな自動車教習所に行って、何十万円もかけて免許を取って、高い自動車を買い、維持費も高いのに乗りこなしてるわけです。それは、それだけの見合うものがあるとみんなが思ってるからですね。

 デジタルデバイドも多分一緒だと思うんです。投資に見合うものがあると思えば、みんながやるわけです。

 パソコン使って仕事する人はだいたい10%から15%位所得が高いと言われますが、本当にパソコンのせいかどうか分からない。というのは、鉛筆を使うかどうかでも、それぐらいの差が出るんです。(笑い)


賃下げか解雇か

R:いま中高年の雇用維持に補助金を出していますね。そういうこともあって、雇用が流動化してこない。

O:それと、90年代に入ってほとんど賃下げが行われていない。

R:賃金を下げずに若者にしわ寄せがいったかたちですね。

O:デフレ状況にしたのが、雇用の構造変化を非常に難しくした側面はあると思います。もし90年以降2%以上のインフレがあったら、こんなに大変ではなかったと思います。

R:政府の政策が間違っていたということですか。

O:と思いますね。少なくてもゼロインフレを政策目標にしたのに、統計が間違っていて、ゼロインフレだと思っていたら、マイナスインフレだったわけですよね。統計にディスカウントストアを入れないとか、パソコンの価格低下をきちんと見積もつていなかった。

 賃金の引き下げがこんなに大変だと、私自身思ってなかったんです。経済学者の一人として恥ずかしいことです。賃金が下がったら労働市場は均衡すると単純に思っていた。

 個々の賃金が下がらないなら、ワークシェアリングのようなかたちで下げていくしかないと思います。

R:日本の場合、すぐに切り替えができるかどうか。

O:現実に起こつているのは、解雇や希望退職の形でリストラして、その人たちがパート、あるいは派遣、契約社員というかたちで働くと、それで賃金が下がるということですね。

 2割の人を首にして低い賃金にした方が、残ってる8割の人にとってはずっと得です。それがたぶん最初に議論した不平等感になってると思うんです。

R:日本は解雇に規制が強すぎますが、明確な基準を労働者に示して、納得させることが大事ですね。

O:日本の労働組合も企業内の格差はある程度是認して、雇用を守るかたちに戦略を変えるべきだと思う。

R:だけど、なかなかそうしない。

O:それは、さっき言ったように、救命ボートに頼る人のほうが断然多いわけだから。

R:ある意味では、既得権益争いね。能力給だ成果給だとかいっても、なかなかうまく機能しないのもそういうことですよね。

O:でもこれもデフレだから難しくなっている。格差をつけようと思ったら賃下げしなければいけない、しかし賃下げは難しいっていう、三珠になっている。

R:経済が良くならないかぎりは、雇用の流動化は進まないということですね。