『凌霜』(350号,pp.8-10) に収録
      日本の大学に未来はあるのか?

             経済学研究科・助教授  谷普@久志

 『凌霜』の「学園の窓」の執筆を頼まれた。正直に言って,私は
これまでほとんど『凌霜』を読んだことがなかったので,何を書い
ていいか分からずに戸惑った。そこで,過去の「学園の窓」をいく
つか集め,読んでみることにした。結局,分かったことは,人によ
って様々で,何を書いてもいいということのようだった。そこで,
最近の本学(特に,経済学部)の実情を考えながら,私が6年前ま
で勤めていた前任校の某私立大学とを比較することにする。私が所
属していた某私立大学は,偏差値でいうレベルは決して高いとは言
えないが,当時は勤めるには研究時間面や給与面で比較的好条件の
大学であるとの評判であった(私は3年間しかそこにいなかったの
で,詳しくは分からないが,少なくとも表面的には良かった)。大
学での仕事は,研究,教育,その他雑用の3つに分かれる。したが
って,大学を比較する場合は,これら3つの方面から見るのが適当
であろう。
 まず教育面では,学生のレベルは当然本学が上である。前任校で
は,黒板に向かって授業をしていた。「何を説明しても誰も分かっ
てくれないだろう」という気持ちで授業をしていたので(実際,授
業での学生の反応は鈍く,分かっているようにはとても思えなかっ
た),自然にそのようになってしまった。本学では,逆に,最初の
1,2年の間は,「神戸大の学生ならこの程度のようなことを説明
しなくても当然分かっているだろう」という気持ちで授業にのぞん
でいた。このような気持ちで,授業をすれば,それが態度にも自然
に出てくるものである。したがって,赴任当初の私の本学での学生
の評判は非常に悪かったと風の噂に聞いている。授業負担について
は,前任校よりも本学の方が重いように思う。本学では昼間主,夜
間主,大学院と種類が多く,前任校では本学の昼間主に当たるもの
だけであった(前任校でも大学院はあったが,本学とは規模が全然
違う。しかも,前任校では税理士試験免除のために財政学のゼミに
しか大学院生はいなかった)。しかも,前任校では3,4年のゼミ
を除いて,通年の授業を2コマ(「統計学」と「経済統計学」)で
あった。これに対して,本学では3,4年のゼミを除いて,半期の
授業を2,3コマ程度である。教えるコマ数だけを見ると,本学の
方が少ないように見えるが,教える内容が毎年異なる。例えば,本
学に来てから担当した授業内容は,ゼミを除いて,学部では「統計
学」,「情報処理」,「計量経済学」,「外書購読」,「特別演習」,
大学院では「統計学」,「計量経済学」,「統計推理論」となって
おり,それぞれ内容が異なる。そのため,毎学期講義内容を考える
必要がある。本学に赴任して,今年で7年目になるが,今までずっ
と講義ノートを作り続けていたような感がある。おまけに,本学と
前任校の学生の質を比べると,本学では手を抜くわけにもいかない。
そのため,本学での授業負担は,極端に増えたように感じる。質の
良い学生に教える方が,精神的には良いというのは,言うまでもな
いことではあるが,・・・
 次に,研究面では,本学の方が専門の近いスタッフが多いので,
お互いに刺激を受けやすい。また,科研費等の研究費については,
前任校では当たる可能性はほとんどゼロに近いが,本学では何年か
に一度は当たるようである。しかし,毎年の給料で見ると,年間収
入2百万以上の差で,前任校が圧倒的に条件は良い。事実,私が前
任校で貰った退職時の年収には,本学に勤め始めて7年目の今でも
追いついていない。本学では科研費は時々は当たるにしても,給料
と研究費を共に含めたトータルの意味では,前任校の方が良いとい
う印象を持つ。結局,刺激を受けやすいという精神的な側面を除い
ては,本学の方が研究条件は良いとは言えないのである。もっとも,
この研究面での刺激というものは,研究活動を行う上で,最も重要
な部分を占めるというのも事実ではある。
 最後に,雑用面の大学での仕事は,主に,委員会と入学試験であ
る。私立大学は,一般的に,事務職員も含めてスタッフの人数自体
が少ないので,一人が担当しなければならない委員の数も多い。し
たがって,一般的には,私立大学の方が圧倒的に委員会に関する雑
用は多いようである。しかし,私の場合は,これから委員会関係の
雑用が増えるという時期に,本学に移ってきたので,前任校の方が
委員会の雑用は多いという実感はない。入学試験について見ると,
前任校の入学試験は,当時では,推薦入試が11月,一般入試が2
月で,入試期間を含めて合計で2週間くらいの間は,試験監督と採
点に朝から夕方まで缶詰になって取りかかっていた。一方,本学で
は,入学試験は学部入試と大学院入試の2つある(前任校でも大学
院入試はあったが,前述したように,本学と比べると規模が全然違
う。)。まず,学部入試では,「センター試験」,「前期日程」,
「後期日程」,「帰国子女」,「編入学」,「社会人」と種類が多
い。またさらに,大学院入試に関しては,博士前期課程の本科コー
ス(7月の「推薦入試」,8月の「第1期」,2月の「第2期」,
「外国人特別選抜」),専修コース(8月の「第1期」,2月の
「第2期」),「社会人コース」,大学院の博士後期課程では,8
月の「第1期」,2月の「第2期」,「外国人特別選抜」,「社会
人コース」と,ざっと書き並べただけでもこれだけ多くの入学試験
がある(大雑把に言うと「」の個数だけの入試がある。詳しくは
http://www.econ.kobe-u.ac.jp/nyushi2.htm を参照せよ)。入学
試験の数が多いということは,それだけ試験監督や試験問題を作成
しなければならない手間が増えるということを意味する。私立大学
では,全学をあげて,全員が全部の入試に関るのが普通である。し
かし,本学では,分担によって各人は一部分の入学試験に関ること
になる。それでも,入学試験の種類が多い分,一人一人がかなりの
数の入学試験に関係することになる。以前であれば,入試に関る雑
用は国立大学よりも私立大学の方が圧倒的に多いと言われていたが,
現在のように入学試験が多種多様になっている状況の下では,もは
や国立大学の方が楽だとは言い切れなくなってきている。この多種
多様の入学試験の一番の原因は,大学院重点化という一言に尽きる
ように思う。大学院重点化とは大学院の充実ということで,聞こえ
はいいが,大学院の定員を増やすということに過ぎない。理由は単
純にそれが世の中の時流だからである。定員を増やしたために,
「本科コース」,「専修コース」,「社会人コース」等の大学院を
つくって,それぞれに募集(入学試験)を行っているのである。
 以上のように,本学と前任校を比較すると,「学生への教え甲斐」
と「研究者間での刺激」という面では本学の方が優るが,本学の方
が研究時間を多く取れるということは決してない。ただ,すべての
国立大学,私立大学に共通してこれが当てはまるかというと,そう
でもないかもしれない。しかし,神戸大学という日本でもトップ・
クラスの大学でさえ,教育と雑用にとられる時間は非常に多く,こ
の程度の研究条件である。欧米の有名大学との研究環境の差は歴然
としている。このままでは欧米研究者との研究業績の差は開く一方
である。「果たして,日本の大学に未来はあるのであろうか?」と
いうのが正直なところである。