第20回OFC講演会

演題

「わが国財政の課題」

開催日時/場所

平成17年7月26日(火)午後6時半~ / 梅田センタービル

講師

大阪大学大学院経済学研究科 教授 山田 雅俊 氏

山田 雅俊 氏

プロフィール

  • 神戸大学経済学部卒、経済学博士(大阪大学)。
  • 山形大学人文学部講師、名古屋市立大学経済学部助教授、教授を経て、1995年から現職。この間、豪ニューサウスウェールズ大学客員教授を経る。
  • 専門分野は財政学、公共経済学。
  • 主要著書・論文は、『現代の租税理論―最適課税理論の展開―』(創文社)、『財政学』(有斐閣)、『公共政策論』(有斐閣)、On the Existence of the Optimum Commodity Tax System: A Heuristic Proof, Journal of Public Economics, Optimal Taxation With Tax Evasion, Public Finance, Optimal Taxation and Production Efficiency Reconsidered, Economic Studies Quarterlyなど多数。

会場風景

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講演要旨

1.はじめに:経済・財政の現状と問題
 この10年余りは長い経済停滞期で、このためこれに対処する方法として色々な考えが示されましたが、小泉政権になって移行の主要な考えは「構造改革」であると言えます。構造改革の考え方は、財政に留まらず経済全体のそれも変えていこうというもののようですが、今日は、財政の現状をどのように見、その問題をどのように捉え、今後どのような改革が求められるかについて話をさせていただきたいと思います。

 財政の話しに入る前に経済全般の状況に触れておくと、それは「失われた10年」の言葉に象徴されるように、90年代初頭にいわゆるバブルが崩壊しその後10余年の間不況・経済停滞を克服できず、同時に政治・経済の改革も停滞したと簡単化してよいかと思います。

 これに対して財政の状況ですが、第1には経済の停滞を反映しさらに景気対策として歳出拡大と減税が行われた結果財政赤字が拡大、国債残高がこの15年ほどの間に400兆円弱も増えたこと、この状況を反映するように社会保険財政の悪化が大きな問題となったこと、他方政府機能・関与の見直しが行われ道路公団の民営化、政府機能の一部の独立法人化等が進められています。もう1つの大きな変化は、地方分権法が施行され、地方への税源移譲の検討が始まり、この点でも財政のあり方が変化しようとしていることであると考えられます。最後に、上記の大きな財政赤字が意味することでもありますが、税制改正が求められていることも重要な問題の1つと思われます。



2.財政の諸問題の原因
 上記のように、現在のわが国財政はその大規模な赤字、地方分権化を含めた機能とそのあり方の再点検、税制改正、社会保障制度改革等何れも大きな課題に面していますが、しかし、これらの問題の原因は何処にあるのでしょうか?この原因を、私は内部的なものと外的なものに分けて見るのがいいと思います。外的な要因としては、財政赤字・公債残高累増の主要な原因と考えられる経済の不調・停滞がまずあげられます。しかし、構造改革が求められるようになった原因は単に経済規模の非増加・縮小を意味する景気停滞のみではなく、既に言われて久しい経済のグローバル化、それと関連した産業構造の変化等の経済構造の変化、また、高齢化・少子化や社会意識・価値観の変化等の社会構造の変化も、この大きな原因と思われます。

 一方、財政赤字、社会保険財政の問題、民営化・独立行政法人化さらには地方分権改革等の要請には、当然内部的な要因も存在すると考えられます。これは、政府・財政について昔から指摘されるその非効率、およびそれと矛盾する規模の膨張・拡大という問題です。財政構造改革やその1つと言える道路公団の民営化、独立行政法人化も、上記の外的要因だけでなく、これらの内部的要因にも促されたものと考えられます。



3.問題解決の方向
 今日の話は、初めにあげた財政に関する問題がどのような内部的要因に基づくものであるかを考え、それに対応して問題がどのように解決されるべきか、そのプロセス・方法を考えることを中心に置きたいと思っていますが、その具体的あるいは詳しい議論に入る前に、問題がどのように解消されるべきかについて簡単に検討・整理しておきましょう。まず財政不均衡・赤字については、それが解消されなければならないことは明らかで、問題はその方法、具体的には支出の削減、収入の増加、あるいはその組合せのどれによるかです。しかしこれはどのような政府の規模が望ましいかという問題と関連し、それはつまり何処まで政府の介入・機能を求めるかという上記の第2の問題になります。しかしこれについては、自由主義と福祉国家の考えに代表されるように、明確な答が存在するとは言えないと思われます。第3に税制の問題もまた、財政赤字をどのように解消させようとするか、地方分権・財源移譲をどのように考えるか等の問題、より基本的には効率性、公平性をどのように評価するかに依存する決して容易でない問題です。第4に社会保障・社会保険の問題もまた分配の問題や政府機能のあり方に関係し、さらに年金財源としての消費税税率引き上げ論のように税制等も関連を持つ問題です。最後に地方分権・税源移譲は、政府の効率的なあり方を求めるという視点で今後当然強く求められるものと考えられます。



4.問題の原因と解決の方法
1)問題の内部要因、外部要因
 問題解決を図ろうとする場合、その外部的な原因は言葉の定義によってその当事者が関与しない・できないものであり、したがってその解決は通常内部的要因を取り除くことによって行われる・行われなければならないと考えられます。ただし、国・政府の場合はその規模・力が強大であり、初めに外的な原因としてあげた経済停滞、経済構造および社会構造の変化についてもそれを解除しようとするかも知れません。実際、景気対策は国・政府の主要な課題の1つであり、実際にそれが行われ、それが不首尾に推移した結果現在のような大きな国債残高がもたらされたことを述べました。また、構造改革が現在の政策のキーワードと述べましたが、これは、主としては経済構造の変化に対応しようとするものと考えられますが、他方で例えば規制緩和・改革のように経済構造を変えることも意味していると考えられます。同様に、少子化についてもそれが問題であるとして、児童手当の引き上げ・保育所運営の弾力化等の政策が取られています。

 以上のように、外的要因に変化を求めようとする対応も存在しますが、特にこれを個人の場合に置き換えて考えれば、問題に対処する第1あるいは主要な方法は内部的原因の除去であると考えられます。

2)経済・財政問題の内部要因
 財政問題の内部的原因については、先に政府活動の非効率・低規律の問題と、政府の膨張・拡大傾向をあげました。このような問題は政府の失敗と言われるものに対応し、また最近の言葉では政府・財政における統治(ガヴァナンス)の欠如にあたります。政府の失敗という概念は政府が求められる機能を実現できないことを広く捉えるもので、他方ガヴァナンスの欠如のそれは政府・財政の機関・組織としての機能不全を指すと考えられます。したがって両概念は、前述の外的原因、内部的原因の区分と対応させると、前者が双方の原因による目的の非達成をあらわすのに対し、後者は内部的原因に基づく政府・財政の問題を指していると言えます。

 さて、政府・財政が直面する問題をこのように捉えると、ここで考えようとしている問題は政府・財政のガヴァナンスのそれとも言えます。そして問題をこのように見ると、その機能不全の原因として、さらに問題自体の性質・困難性と、政府・財政の組織としての機能不全が区別されると思います。

 今問題自体の性質・困難性と述べたのは、政府・財政に課された問題が論理上も解決が容易でないことを表すものです。経済問題は(資源)配分の(効率化の)それと(所得・資産の)分配の(公平化の)問題に分けられると言われます。これは無論このように問題を区分することによってそれを明確にし、またその解決も容易になると考えられるのですが、ここで注目したいのは、1つは現実の問題は当然ながら配分と分配の2つの要素が併在すること、2つは経済学で言うパレート効率的な状態は現実にはほとんど存在しないと考えられること、そして第3に公平な分配の状態がどのようなものかについて我々が知らない或いはそれについて社会の合意があるとは考えがたいという点です。第1の点は例えば財政赤字の解消を例に取ると、一方で行財政の非効率の低減・解消という問題があり、他方で解消の方法如何で例えば負担の世代間での対立という問題が含まれていることから、容易に理解されるかと思います。また、多くの情報の不完全や不確実性が存在し、ダイナミックに変化する現実の社会で、厳密な意味のパレート効率的な状態が存在しないのも当然と考えられます。最後の分配の問題の困難性は周知の通りです。

 さて、政府・財政に課される問題そのものにこのような困難性あるいは不明確性が含まれているとする(これが上で問題の解決された姿が必ずしも明確でないことを示したのに対応します)と、仮に政府・財政組織が最もよく機能したとしても、その対処法・政策には非論理的な要素が必然的に含まれることになります。そして、このことはそれ自体政府・財政の機能を妨げると考えられ、さらに現実の問題としては、これらの困難性・不明覚醒が問題解決の努力を怠らせるという問題を引き起こすことが十分予想されます。

 さて、今回主として話をさせて貰おうと思ったのは第2の問題つまり政府・財政の組織としての機能不全のそれです。ブキャナン他が中心になって、政府・行政組織もそれ自体の利害を持ちり、したがって政策の決定・執行が政府・行政組織の利害を考慮してなされるであろうことを指摘し、素朴な経済理論が求めるような効率的配分や公正な分配が実現されるのは困難であろうと述べた、「公共選択」の議論が注目を集めたのは既にかなり過去になります。しかし今、政府・行政のガヴァナンスの問題として指摘される問題の本質・要点はこの公共選択論が指摘したことに他ならず、政府・行政のガヴァナンス論はそれを依頼人-代理人(principal-agent)理論等を援用し、多くは問題をより限定ししかしその構造をより精緻に解明しようとしていると言えます。

 しかし、この政府・財政の組織としての機能不全の問題の究極の論点は、公共選択論が指摘した、政策の決定・執行において政府・行政組織にそれを経済理論が言うように行う誘因(incentive)がないことにあると思われます。したがって、仮にガヴァナンス論によって政府・財政の機能不全の問題が解明・検討されるべきであるとすれば、そこでは、政府・行政組織全体としてインセンティブをどのように与えることができ、またインセンティブを与えるためにどのような政策決定の方法や組織のあり方が求められるかが考えられるべきと言えます。政府・財政の問題をこのように考える方法・枠組みとしては、従来の組織論やより近年展開されたものとしては比較制度論と呼ばれる議論があります。ただ、組織論は主として経営組織を考えるものであり、他方比較制度論は歴史が浅いために本来の問題に十分答えられる状況にはないと言えます。したがって、その詳細を話すことはできませんが、しかし議論・解決の方向については次のように言えると思います。

 つまり、経済学において任意の主体のインセンティブを引き出す方法は、同主体にそれに対応する経済的利益を提供するか、あるいは求められる行動を行わない場合に罰を与えるというものです。今の問題の場合には、政府・財政に社会的に望ましい政策を執行させるために、どのような政府・行政組織が求められ、どのようなインセンティブが組み込まれなければならないかということになります。簡単化して言うと、経済学あるいはそのインセンティブの議論としては、政府・行政の誘因を引き出す仕組みと誘因を適切に設定する、つまり政府が望ましい形で機能するためには政府にもそのインセンティブを付与することが必要というものです。

 行政構造改革は現政府が課題とする構造改革の主たる部分と考えられますが、以上の議論は、このような改革を言う場合に、政府・行政に関する適切な仕組みと誘因を与えることが必要であることとともに、それらが機能する前提として求められる政策の明確化、政府の行動様式・基準についての理解、政策執行の評価方法、決定・執行に関する義務・責任の明確化等が必要であることも示しています。無論、現実と理論で考えられることが完全に一致する保障はなく、したがって仮に上記のような改革が実現したとしても、所期の目的が達成される保障はないかも知れません。巨大な政府に適切に行動してもらうのは決して容易でないことと考えられますがそれは現代社会の大きな課題であり、以上の議論も、常識的な結論が厳密な論理的帰結でもあることを示している点で、それが単に学問的興味に留まらず、実際の改革においても考慮されるべきであることを言っていると考えられます。

*この講演要旨は、講演者本人が講演の原稿をもとに作成したものです。

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