第25回OFC講演会
★東京待兼会(経済学部同窓会東京支部)と東京青雲会(法学部同窓会東京支部)の秋季懇話会を兼ね共催しました。
演題
「日本経済の今後の展望と安倍政権の政策課題」
開催日時/場所
平成18年11月22日(水)午後6時半~ / 東京 鉄鋼会館
講師
政府税制調査会 会長
大阪大学大学院経済学研究科 教授 本間 正明 氏
会場風景
講演要旨
たいそうなタイトルをつけておりますが、思いつくままにお話します。私は2001年の1月から今年の9月まで、経済財政諮問会議のメンバーをしており、いわゆる構造改革の司令塔としての諮問会議の中で、小泉内閣に参画してまいりました。2000 年のGDPの成長率は2.8%。ITバブルできわめて民間の設備投資が盛り上がったのと、小渕元首相の最後の大盤振る舞いの二つがあり、2.8%まで一過的に上がったのです。そして2001年の4月に小泉構造改革が始まったのですが、その当時、国の財政は大赤字でした。9年くらいから公共投資だけ取り上げても百兆円以上をつぎこんでいます。確かに80年代くらいまでは1兆円の公共投資をかけるとだいたい2兆2千億円くらいの乗数効果がありましたけれど、90年代になると、この効果がなくなるのです。初年度はそれなりの効果があるのですが、次年度以降はマイナスに突っ込む。つまり財政の負荷が後遺症として残る。ケインズの政策では、金をつぎ込んだら、GDPにダイレクトに反映し、分配構造を通じて消費を盛り上げていくはずが、そのように金が回らないわけです。金融機関の不良債権、企業部門でもバランスシートの巨額な悪化、ノンパフォーミング・ローンを持っています。公共投資では、不動産や建築業、土木などに金が入るわけですが、ここで銀行が借金返せとなり、銀行に入った金は、自己資本比率で4%を下回らなかったらダメと金融庁が睨んでおり、貸し出しに回せないのです。したがって、金をつぎ込んでも非常に狭い範囲に閉じ込められ、乗数効果はでない。
こんな重症な状況下にあるため、経済財政諮問会議では、癌の部分に対してメスを入れなければ日本の経済を再生できないと判断し、大変な抵抗のなか初年度10%の公共投資を削減しました。実は、公共投資がうまくいかなかった要素がもうひとつあります。80年代までの公共投資は効果を上げたということは、需要サイドはもちろん、あのポール・サミュエルソンが日本の公共投資政策は世界の歴史の中でもすばらしい政策で需要効果と供給効果の両方を持ち合わせたとコメントしています。しかしながら、90年代はまったく供給サイドに対してプラスの影響を与えられなかった。これが2番目の要素です。地方に分散した公共投資は小型化すると同時に、公共投資の配分が生産性を上げるための分野には流されなかった。都市では渋滞が起こり、新しいニーズの公共投資が求められながら、そこには公共投資が行われなかった。
つまり金融サイド又は需要サイドからも乗数は効かなかったし、供給サイドからも日本経済を持ち上げる力はなかった。この反省の中で、癌である不良債権の問題に対して、公的資金の投入も含め、竹中平蔵元経済財政担当相のもと不退転の決意で処理に乗り出したのです。実物の供給サイドと金融サイドの部分を、まずは切開手術をしようとの考え方でスタートいたしました。
次に課題になったのは、民間の経済をどう持ち上げていくかです。実物の企業部門に対して、小泉構造改革の効果は精神的なものであったと考えております。小泉構造改革の最大のメッセージは、「政府にはもう体力はない、民間でできることは民間でやってください。」でした。その上で規制改革の分野でしっかりとした取り組みを進めるということでした。こうして景気が回復してきたわけですが、これは民需主導、外需主導であり、財政は一貫してマイナスでした。この流れで、改革は安部政権に引き継がれ、活力成長を標榜して進められているわけです。
あらゆる所得の源泉は企業にあるわけで、その所得から税収を得ています。法人税の実効税率について、日本の水準が高いか低いか、主税局と経団連等で議論をしています。この数年の改革でやっと40%くらいになりました。アメリカと同レベルになりましたが、ヨーロッパやアジアなどに比べると、まだ一段の税率の引き下げが必要になってきます。法人課税の問題をどうするか、安倍政権において議論をしているところです。減価償却制度も何十年ぶりに見直されています。留保金課税の問題、耐用年数や残存価額、グルーピングの問題等も含め見直していきたいと考えています。
標準税率もまた見直していかなければならない。大企業は日本の企業数の中で0.6~0.7%、あとの99%は中小企業です。その中小企業に適用される軽減税率が標準税率なのであり、0.6、0.7%の大企業に適用するのは本来、特例的な税率です。その0.6とか0.7%を見て、大企業は恵まれているから、中小企業イコール弱者という位置づけで、これまで税制が議論されてきた歴史を持っています。中小企業といっても、一くくりじゃないのです。
大阪は中小企業の町だと言われますが、中小企業の絶対数は中部地方のほうが多い。また起業率と廃業率は大阪ではかなり低い状況です。つまり、新陳代謝ができておらず継承者がいないという状況で地盤沈下しています。関西の問題点は、社会的な人口の流出入をみてみると、大学の数は東京に次いで多いため18歳から22歳くらいまでは流入が多い。しかし30歳台の後半くらいから流出していく。高学歴者を関西にとどめていく産業もなければ、知恵の部分もない。内閣府の地域経済動向、経済産業省の地域経済産業調査、日銀の地域経済報告、日銀の短観など、最近のデータを地域ごとにまとめたものでは、関西あるいは近畿の景気は回復しており、設備投資も大幅に増加しているとあります。しかし、この元気さはやっと全国に比べて追いかけてきて、少しよくなっている状況です。関西、近畿の地盤沈下を食い止め、いかに景気を改善基調に持っていくかが大きなテーマだと思います。私は大学の活性化も含め、関西の活性化の問題は日本の活性化の問題と並び、しっかりとやらなければならないと思います。
ただ、産業構造の点では、地域によって明確な差があります。関東地方はサービス化が非常に進んでいます。製造業の部分については、関東は15%ぐらいですが、サービス業については、関東は付加価値ベースで30%ぐらい。それに対して、名古屋は逆です。30%強のシェアを製造業が占めており、サービス業の部分が15%ぐらいです。関西は20:20です。この三地域だけでもずいぶん違うのです。関西の実態は特徴がないのです。産業構造の転換、特にサービス業において遅れをとっています。IT、情報産業のこの10年の動きをみれば、東京を中心にして関東は右肩上がりになっていますが、関西地域のサービス業、情報産業の進展は地を這うような動きです。
サービス化の意味が問い直されるのは、大阪の持っているヒューマンタッチ、人間中心のビジネススタイルが、現代の社会では幾分、合わない状況になってきつつあるからです。今の世の中、関東型の家電の販売スタイルは、ポイント制で汎用性のある形になっています。関西と関東では、明らかにマーケティングに違いがあります。どこを情報源として買うかでは、関西は、親戚の人、友達などの人間関係の中で行うケースが多い。関東は客観化された情報形態、インターネットから情報を得ている。働いて帰ってきて、夜中にインターネットで買うというものぐさタイプの消費行動がそれです。家電において関西型の販売スタイルはほとんど残っていません。流通の中における時代性をどう捉えるかということです。地域で活性化の問題、確かに格差を生んでいますが、消費行動のスタイルが変わった面があります。
そして今、株主が怖い。阪神が阪急に買収される、敵対的買収のおかげで阪急がすばやく立ち回ったと思いますが、株式市場における敵対的買収の危険性を株価と実物資産との関係の中で厳しく問い直される時代になっています。私たちはそれが外国で行われているときは気にしていなかったが、外国企業が日本に入ってきて、あるいは今まで縁のなかった国内企業が株式市場を通じて買収を仕掛けるとヒステリックに反発する。しかし、実は、私たちはハリウッドの映画会社だって買いました。あの頃、向こうではアメリカの文化も日本が金で買うのかという批判があったわけです。
これは株式市場、資本市場の最低機能がグローバル化の中で、すばやく行われる状況を生み出したという問題です。例えば王子製紙が北越製紙に仕掛ける。王子製紙は、自分が株式市場で資金調達をして設備投資をするというやり方と、北越製紙という既存の投資計画を持った主体を、株式市場を通じて取得するかの二つの選択肢として存在するわけで、企業再編の手法はかなり普遍的な形で起こりつつあります。株式市場の株価とリアルサイドの経済価値とのバランスをどうとるかの問題です。また、設備投資として、自分でやるか、既存の企業が行っている部分を取得してやるかの問題。これは組織再編の多様化という点で前向きに捉えなければならない。意識を変えていかねばならないのです。これから10年ぐらいすると、中国の企業が日本の企業を買収することもある。特に中小企業を。皆さんの会社が粗末にしていたら、買収を仕掛けてきます。それも、三角合併。これまた税調の議論なのですが、三角合併による税制の問題が税制改革の中でひとつ大きなテーマです。
企業経営の評価について、PER(株価収益率)が株主の対比の中で使われていますが、基本的なところはまさにゴーイングコンサーンとして、これから生み出す企業価値のプレゼントバリュー、現在価値、これが株価に反映される。そしてその株価に反映される部分と、リアルサイドでもっている資産の価値との関係の中で、この経営の効率性をトータルで見なければならない。経営者にとって、ある意味では受難の時期にきている。認識を改めなければいけないのは、90年代は、80年代以前と基本的に違う。東側が市場経済に参入して、一度に超過供給の経済になったことです。日本は円高で外貨を稼ぐという構図の中で発展してきたわけですが、このやり方をいま中国がとっています。われわれの50年代、60年代の動きと酷似する形で追いかけてきている。
日本のGDPは、実質で542兆円ですが、中国のGDPはいま大体その4割くらいといわれています。人口が、私たちは10分の1ですから、中国の一人当たりGDPは、我が国のそれの4%。いいかえるとわれわれは中国の人に比べ25倍、付加価値ベースで稼いでくる。もちろん、これは受け取りサイドの価値であって、コスト面でも25 倍かかっているという問題があるわけですが。10月に大連にまいりましたが、そこの成長率は14%、貯蓄率は40%だそうです。日本の戦後の成長率は10%以上、名目成長率は15%を超えており、大変な景気でしたが、中国は今まさにそんな状況です。しかも生活水準は低いままですから、消費はあまり急テンポで上がらない。すると予期せざる貯蓄が生じる。これが資本の原資となって高い成長率を経験していく。これがいま中国で展開されているところです。
この流れが10年15年続くと、少なくとも絶対レベルではわれわれは抜かれるのがもう目に見えています。そのとき中国とどのように経済関係を強化しながら進んでいくかは、少子高齢化を乗り切るときに不可欠な視点だろうと思います。政冷経熱と言われるような状況が解消されつつありますが、中国との関係は後のポリティカルリスクをどう評価するか考慮すべきですが、両国のパートナーシップの強化なしにはうまくいかないでしょう。特に関西経済は、他の地域に比べても多く中国と貿易しています。この流れを補完的な経済関係に置き換えられるかどうかが、ひとつ大きなテーマであると思います。
私どもが小泉構造改革を始めたとき、中国脅威論が吹き荒れていました。あのとき最初に諮問会議で取り上げたテーマが、セーフガードの問題だったのです。中国から農産物などが大量に入ってくる、緊急輸入制限をすべきだとの議論が起こり、日本人はみんな中国が怖いといって萎縮する状況が起りました。しかし現実は、中国の拡大が非製造業を含めてプラス効果をもたらしました。海運業界も恩恵を被りましたし、その他の素材型企業も恩恵を被りました。したがって、技術の移転も含めてどう住み分けていくかが、補完的な経済を形成するための重要なポイントです。大連の経済開放区、改革区でキヤノンの工場を見学しましたが、大連は一つの特徴として、世界のバックオフィスとして自分たちの経済の基盤を強化していこうという戦略を持っている。キヤノンの場合には、自社製品のスクラップを世界各地から全部大連に集め、環境問題とリサイクルビジネスを組み合わせて展開し、収益をあげていると伺いました。また工場の別のところでは新しい製品も作られている。つまり、亀山モデルやプラズマで松下の尼崎という里帰り現象の中で、技術の移転も戦略の変数として扱い、展開されている。賃金と資本のコストの関係の中でどう技術を選択して操業するか、まさに経済学の実践を目の当たりに見たような気がいたします。大連の平均的な賃金はまだまだ低い状態です。
そういう状況で、法人税制の見直しの中でもっとも頭が痛いのは労働所得です。21世紀に入り構造改革が進捗して、企業がリストラなどによって労働需要と賃金を調整する中で労働コストが下がってきた。しかも業績の回復下ではその動きは顕著になっています。いま平均値で労働分配率が65%ぐらい。大企業のほうは60%と相当割り込んでいます。中小企業はまだ調整しているところで70%ぐらいまでにしかなっていません。多いところは8割。つまり、この労使の分配に規模別な問題があることと、成果配分の中で企業収益が労働所得に浸透していない問題があるわけです。月例のGDP速報値では、消費がマイナス0.7%、設備投資等、海外部門がプラスで、平均値で年率2%の成長となっており、企業収益が消費に転化していない。企業部門の収益改善が賃金に恒常的に跳ね返り、それが消費に結びつく構図と、中国にいくと安い賃金が雇用できるのにというグローバルなロケーションの問題、経済問題などを解かなければならない難しい局面にきているのです。
その帰結が私たちの受け取り部分にも反映しています。海外からお金を持ってくるときに、モノを売ることによる黒字より、私たちが海外で投資し、受け取る配当所得や利子などの所得収支のほうが大きいのです。90年代に仕掛けたところはかなり成果を上げており、実物のところでも、直接金融的な部分で超過したものについても効果が生まれている。まさに成熟化した経済の入り口になっている。貯蓄を全世界で運用してその果実を日本に持ってくる。こういう部分で、中国が生産基地のウェイトを高めているのに、われわれは生産基地のウェイトを小さくして諸大国の中に入ってきている。ここが労働所得に対して今のところはマイナスになっているから、非難されております。法人税の減税ばかり言って、労働所得の問題と、資本所得の成果配分の問題、どういう具合に考えていくのだと。
企業の税制を国際的なスタンダードにし競争力を強化して、パイを増大させ、その分配構造をしっかり労働所得まで反映させていくような構図をわれわれは作りたいと思うのですが、なかなか理解が得られないのは非常に残念に思っております。
財政は大変な状況です。赤字が国と地方でも770兆円とか、800兆円近くまで来ているところですし、毎年、一般会計のレベルでも、30兆円近い赤字です。これをどう考えていくかです。今の日本の金融資産総額は1,500兆円くらい。国と地方だけでも半分を占めているのです。公的部門が、官がそれにぶら下がっていて、1,000兆円になります。それを官の周辺で使って果実が生まれるわけはない。そこが郵貯改革の本旨だったのです。そこがまた反発で、大変な目に遭ったことはご承知の通りです。今まで郵便貯金のお金が財投に入っていますが、これを10年間で対GDP比率を半減しようという議論をしているところです。つまり、官の領域をどのような形で効率化していくかということは、ストックベースの部分の対GDPの半減という目標設定と、フローの部分では、プライマリーバランス、基礎的財政収支で、収入で支出をまかなえるかどうかの状況を早く作ろうと。今まだ対GDP比率で、2.5%くらいの赤字です。小泉内閣がスタートしたとき5%くらいのプライマリーバランスの赤字であった。構造改革の成果として今やっと2.5%に半減したわけですが、2011年にプライマリーバランスを黒字化することは、小泉内閣でやってきた財政再建のテンポを守るということです。5年間で2.5%黒字化する。生半可な努力ではできないのです。ただ、この2001年から2006年までの動きの中で、歳出カットの部分のところと税収の部分を組み合わせてみますと、税収増のほうが貢献しております。法人税を中心にして堅調で、自然増収している。したがって、成長を重要視することは、この小泉改革のやり方をもうちょっと伸ばしたいというのが安倍政権における考え方であると。成長率を高めるためにいったいどのような政策がありうるかどうか、そしてその裏側として歳出削減をどのようにしていくかと。この5年間は大変な時代になると思います。歳出削減もみんないやと言うわけです。医療費、介護、年金をどうするのかと歳出カットもいやだ、増税も負担が直接増えるからいやだ、こういう声の中で両方やらなければならないのが実態です。サラリーマン増税をいうなんてとんでもないやつだ、という具合にいいますし、福祉の財源で、消費税はじゃあ引き上げなくていいのですかといわれると、09年からは基礎年金の3分の1から2分の1引き上げと、これだけでも2兆5千億、消費税でいえば1%の部分、こういうことが求められていくわけですから、私どもは、やはり苦いシナリオの組み合わせの中で、どう中身を詰めていくかの作業をやっていかざるを得ないのです。小泉前総理が最後の諮問会議でわれわれと別れるときに、歳出削減を最初にやるというのは、もう歳出削減やめてくれという声がどんどん高まるまでやらなければ、増税なんか理解は得られないよという発想の議論で収束したわけですが、それを継承する安倍政権。そこでまず成長を、その果実をという形で、「成長なくして財政再建なし」のキャッチフレーズを作ったのです。
今後は、われわれ日本人の踏ん張りどころを求められてくると思います。成長の果実が財政再建にとって大きな効果を発揮していきます。歳出削減の問題、ストックの3分の2を官が使っている非正常な状況の是正などに取り組んでいかなければならないと思っております。
諮問会議で資産、債務の専門調査会を設け、新しい諮問会議のメンバーが引き継いでくれていますが、経済はストックの活用の問題、フローの成長の問題、フローの官と民とのロケーションの問題が重要な時期にきています。ご批判をどんどんいただいて、その方向性に政府が動かざるを得ない状況を作っていただきたいと思いますし、私も微力ながら、税制の場の中で今後ともしっかりと取り組んでまいりたいと思います。
*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。