第35回OFC講演会

演題

「大学発ベンチャーの日韓比較」

開催日時/場所

平成22年7月2日(金)午後6時半~ / 大阪大学中之島センター7F 講義室2

講師

大阪大学大学院経済学研究科 教授 金井 一賴 氏

金井 一賴 氏

プロフィール

  • 武蔵大学経済学部卒、神戸大学大学院経営学研究科修了、博士(経済学:大阪大学)。
  • 弘前大学人文学部講師、 助教授、滋賀大学経済学部助教授、北海道大学経済学部助教授、教授、北海道大学大学院経済学研究科教授を 経て、2004年4月より現職。
  • (社)植物情報物質研究センター副理事長、日本ベンチャー学会副会長、企業家研究 フォーラム理事、関西生産性本部理事。専門分野は企業家活動とベンチャー創造、経営戦略。中小企業研究奨励 賞(本賞)を受賞。
  • 著書・論文に「大学発ベンチャーの日韓比較」(中央経済社)、「経営戦略」「ベンチャー企業経営論」「日本の産業クラスター戦略」(いずれも有斐閣)、「地域におけるソシオダイナミクス・ネットワークの形成と展開」「産業クラスターの創造・展開と企業家活動」「組織科学」、The Mechanism for Promoting Entrepreneurshipなど。

講義風景

  • 会場風景
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講演要旨

 日韓両国で大学からのベンチャー創造(大学発ベンチャー)が注目されてからほぼ15年の年月がたった。シリコンバレーを初めとして、オースティン、ケンブリッジ等欧米において、大学発ベンチャーが新たな産業の創造や地域活性化に重要な役割を果たしていることを観察し、日韓両国は、ほぼ同時期に大学発ベンチャーの促進に取り組んだのである。我が国では98年にTLO法を制定し、01年には平沼プランによる大学発ベンチャー1000社計画が、また韓国でも97年のIMF体制を契機として、98年に国立大学や研究機関の技術を産業化するベンチャー企業育成に関する特別措置法等、大学発ベンチャーの活性化を意図した多様な試みが行われた。しかし、両国ともある時期を境に(日本は04年、韓国は00年)大学発ベンチャーの設立数が傾向的に減少している。大学発ベンチャーは、「知」の創造を目的とする「学」と知の活用による経済的価値の創造を目的とする「産」という行動原理の全く異なった2つの領域にまたがった現象であり、大学が伝統的な教育と研究という領域を超えて企業家活動を通じて経済的価値の創造に直接関与することを意味している。
 本報告は、金井一賴編著『大学発ベンチャーの日韓比較』(中央経済社、2010)の研究をもとにした講演である。本研究は、先行研究のレビューをもとに独自の分析フレームワークを構築し、日韓各4社の大学発ベンチャー企業を分析し、大学発ベンチャーの創造と成長に関する日韓比較分析を行ったものである。我が国のベンチャー企業としてはガルファーマ(バイオ、医療)、アイキャット(歯科治療)、メガオプト(レーザー装置)、総合医科学研究所(バイオマーカー)の4社が採り上げられ、韓国企業としてはHUMAX(デジタル衛星放送受信機)、Macrogen(バイオ), MarkAny(デジタルセキュリティ), SNU Precision(超精密制御計測装置)の4社が分析対象として採用された。
 分析のベースとなったフレームワークは、企業家が起業機会の認識、事業コンセプト、資源の動員のベンチャー創造のプロセスをどのように行い、日韓のコンテクストの違いがこのプロセスにどのような影響を与えたかというものである。その中で、特に明らかにしたかった研究課題は、マイナス2ステージといわれる大学発ベンチャーがどのようにして「死の谷」※1を克服し、成長ステージに乗ることができたかである。
 対象となった8社は、いずれも「死の谷」を克服しているが、韓国の4社が次の「ダーウィンの海」※2も乗り切り、成長ステージに入っているのに対して、我が国の4社は「ダーウィンの海」のまっただ中にいる企業が多いという特徴がある。
 大学の研究者が起業機会を認識するうえで影響を与えている要因は、①研究者と産業界との距離、②研究成果の実用化への関心の程度、③大学と産業界との溝を埋める仕組み、④起業のロールモデルの存在、であった。起業機会を認識し、ベンチャー創造した研究者が直面するのが「死の谷」である。多くのベンチャー企業が、死の谷を克服できずに挫折している。8社の分析から、死の谷を克服するうえで次のような諸点の重要性が指摘できる。第1は、大学発ベンチャー企業の事業戦略に関わる点であり、①自社の技術のドメインを定義することによって事業コンセプトを明確化する、②市場の状況に応じた柔軟な技術戦略を通じた「技術のパスファインディング」の必要性、③短期と中・長期の戦略をミックスした「事業ミックス戦略」の採用によって、成長への足がかりとなる内的駆動力(エンジン)を得ることができる。第2は、大学発ベンチャーの燃料に相当する資金調達の有効性であり、これは、企業家(企業家チーム)の社会的ネットワークが大いに関係している。特に、韓国企業が企業家チームの社会的ネットワークを活用し、資金調達を有効に行っていることを指摘できる。また、既存企業との戦略的連携が、ギャップファンドの問題や販売先の確保という課題の克服において有効であることが指摘された。第3が、企業家チームの問題であり、大学発ベンチャーのドライバーに相当している。相互補完的な企業家チームを構成できるか否かが、重要なポイントであることが確認された。そして、このような企業家チームの構成は、技術のパスファインディングやその後の成長をリードする人材獲得においても「ネットワーク効果」を持っていることも確認された。
 大学発ベンチャー、そしてベンチャー一般の昨今の停滞は、日韓両国において企業家的文化が未だ明確に根付いていないことを示しているが、その行方は、両国のNIS(ナショナル・イノベーション・システム)のあり方に大きな影響を及ぼし、日韓両国のイノベーション能力を大きく左右することを銘記すべきである。

 

 ※1「死の谷」…技術開発と事業家の間にあるギャップ(企業内での淘汰)
 ※2「ダーウィンの海」…上市したものを事業として確立する過程に横たわる障壁(市場における淘汰)

*この講演要旨は、講演者本人が講演の原稿をもとに作成したものです。

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