第47回OFC講演会

演題

「医療にまつわるデータから社会や政策を考える」

開催日時/場所

平成27年2月13日(金)午後6時半~ /大阪大学中之島センター4F 講義室406

講師

東京大学 医学部附属病院 国立大学病院データベースセンター 特任助教 小林 大介 氏

小林 大介 氏

プロフィール

  • 2004年3月大阪大学経済学部卒業、2012年3月京都大学医学研究科医療経済学分野社会健康医学修士。2004年4月㈱情報企画勤務。2013年10月より現職。
  • 研究分野は病院・医療管理学、医療情報学、財政・公共経済学など。
  • 主要論文は「The effect of centralization of health care services on travel time and
    its equality (Health Policy)」など。

講義風景

  • 会場風景
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講演要旨

 医療の分野において、Evidence-Based Medicineという考え方による治療方針の決定が広がっている。さらにビッグデータ等を活用した、Evidence-Based Health Policyという考え方による医療政策の立案や、医療機関の経営方針の決定などが徐々に広まりつつある。これらを研究する分野として社会医学(医療経済学、医療・病院管理学など)があるが、今回は医療にまつわるデータとしてどのようなものがあり、それらをどう活用できるかという視点から、現在の医療を取り巻く社会や政策について考える。
 まず、日本において医療は社会保障の一部、すなわち公共財として位置付けられている。公共財は公による管理がないと過小供給に陥るため、医療においても国家の介入が行われている。代表的なものとしては国民皆保険制度やフリーアクセス、診療報酬制度などが挙げられる。これら制度により、原則的に全国どこでも同じ価格・医療が受けられる体制を維持している。しかし国民医療費は約40兆円となり、75歳以上の高齢者1人あたりの医療費は74歳以下の5倍弱という現状からも、QALYs(Quality Adjusted Life Years:質調整生存年)やICER(incremental cost-effectiveness ratio:増分費用対効果)という考え方などを用いた分析も必要となってくるであろう。患者側としても、「本当に必要な医療」という観点からも、終末期医療などを考える必要があると思われる。
 そのような中で一つの方法として、医療にまつわる様々なデータを用いた分析に焦点を当てる。医療にまつわるデータは、例えば診療報酬明細書(レセプト)や電子カルテやDPCデータなどの診療明細データ、患者調査や医師・歯科医師・薬剤師調査といった調査データ、病院経営に関する人事や財務といったデータなどが挙げられるが、これらを単独もしくは組み合わせることにより、様々な分析が可能である。以下、4つの分析を例として挙げる。

○医師の人材不足
 2003年頃から医師の名義貸しがきっかけとなり明らかな問題となり、さらに2004年からの新医師臨床研修制度により医局解体・医療崩壊が問題となった。また医療訴訟の増加などから訴訟リスクの小さい診療科を選ぶ医師も増え、この医師不足問題はさらに大きさを増した。実際にはOECD諸国平均に比べ、日本における人口10万対医師数はかなり少ない。そこで京都府においての医師数と人口、入院患者数を元に現状を示したところ、非常勤医師を常勤換算した医師数では京都府全体でもOECD平均の半分程度で、日本全体平均よりも少ない状況が浮かび上がった。二次医療圏別に見ると、大都市近郊と郊外とで差があることもわかる。さらに診療科別に見ると、例えば循環器科における差と眼科における差の大きさには違いがあることから、専門性の高さや開業のしやすさなどの影響が示唆される。ところが必要医師数実態調査の値から見ると、多くの医師を必要だとしている医療圏は、最も充足している医療圏となり、医師数の少ない医療圏ではそこまで必要としていない実態も見え、患者重症度や治療期間も影響しそうな状況が見えた。ただし、問題解消のために単に医師数を増やす報告に向かったとしても、地域格差の要因や労働環境が改善されなければ、開業や非臨床職へ流れるだけとなる可能性もあるため、注意が必要である。

○患者受療行動と病院の拠点化・集中化
 地域保健医療計画において、二次医療圏内が定められており、この圏内で一般的な医療・手術を完結することを目指している。特にがんや脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患の5疾病が取り上げられているが、これらの患者は二次医療圏を超えた移動をしている現状があると考えられている。実際に、国民健康保険と協会けんぽのレセプトデータを用い、患者受療行動を分析した結果、例えば乳がんでは府北部や南部の地方から都会部への患者移動が多く見られた。また急性心筋梗塞では移動は少ない状態であった。このため、高度で集学的治療の必要な疾病において、患者移動は現状では避けられない状況であることが見て取れた。そこで、行政の定める診療拠点病院等に絞り、そこへ医療資源を集中投下し、近隣の患者を集める形を取った場合、現状受診している医療機関の総数は減少するものの、平均アクセス時間は短くなり、ジニ係数も減少することからアクセスの不平等には多く影響を与えないことが示唆された。データを使ったアクセス時間からの検討は、拠点病院の数や選択、疾病によって結果は変わる可能性を考慮する必要はあるが、医療資源の投資や再配分、疾病別の拠点作りと連携の推進に貢献する一つの有効な手段であろう。

○病院の経営分析・臨床評価指標
 平成22年度から厚生労働省において、国民の関心の高い特定の医療分野について、医療の質の評価・公表を実施し、その結果を踏まえた分析・改善策の検討を行うことで、医療の質の向上及び質の情報の公表を推進することを目的とする「医療の質の評価・公表等推進事業」が開始されており、国立大学附属病院や国立病院機構、聖路加国際病院などの民間病院からも指標が公表されている。これらは現場への調査等が必要なものから先述の電子カルテやDPCデータから比較的簡単に算出できるものがあるが、同じ指標を経年で比較することで経営分析などに活用が可能となる。また、算出方法を合わせる事で多病院との比較も不可能ではないが、規模や機能が違う病院間での比較は解釈が難しい場合もあるので注意が必要である。

○医療の原価計算
 医療の分野、特に病院において、診療報酬の包括化によって経営資源が効率的に利用されているか、適切なコストで運営されているかについて検証する必要が生じ、原価計算を行って経営管理を行おうとする動きが広まっている。目指すところとしては、患者別原価計算を行い、それを診療科別や診断群分類(疾病)別に集約し、様々な切り口で原価(の平均など)を算出して、経営分析を行うことである。費用を極力患者に直課することで原価計算の精度は向上するが、そのためのデータを準備することは非常に難しいものもあるため、配賦基準をなるべく実現可能なものとして計算を行う等している。管理会計であるため、目的がしっかりしてそれに合わせた精度の計算が行えているかが重要である。ちなみに他病院との比較は単純には難しい。特に減価償却費の扱いについては注意が必要で、最近病棟を新築、高額機器を購入した病院と、以前からある病棟や機器を耐用年数以上にわたり使用し続けている病院とでは、減価償却費に大きな差が出るため、原価計算に影響するためである。

 以上のようにデータを用いることで様々な角度からの分析が可能ではあるが、注意しなければならないのはデータ分析結果を恣意的に見せることができてしまうことである。非常に大きい値で差も大きい結果を見せた後に、絶対的に小さい値で差が見えにくい結果を見せたりすると、あたかも後者は差がないようにみえてしまう。しかし、実際にはその差が統計学的に有意である場合もある。しかしまた、この分析グループの組み合わせを変えることで統計学的に有意であるかどうかをある程度操作できてしまうことがあるのも事実である。データの見せ手の意図が含まれた結果であるかもしれないことを理解した上で、結果を解釈することが必要となる。
 その上で、データを用いて様々な切り口から分析を行うことで、エビデンスに基づいた医療政策・計画の立案や病院分析からの医療の質の向上もすすめられ、最終的には患者となりうる国民全体に還元されるものとなるであろう。

*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。

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