第52回OFC講演会
演題
日本経済の再生に向けて
ー私たちはどう評価し、何を見直すべきなのかー
開催日時/場所
平成28年9月9日(金)午後6時半~ /大阪大学中之島センター3F 講義室304
講師
大阪大学経済学研究科講師 臼井 正樹 氏
講義風景
講演要旨
1.はじめに
今、日本経済は3つの問題を抱えています。所得を稼ぐ力が弱まっていること、所得格差が広がっていること、国の台所事情が火の車であることの3点です。
これらの問題解決には日本経済の再生が不可欠です。そこで、再生への道筋を確実にしていくために、①そもそも日本経済の再生がなぜ必要なのか、②日本経済停滞の原因は何か、③現行の経済政策(アベノミクス)をどう評価するか、④日本経済再生に向けての課題は何かの4点について考えたいと思います。
2.日本経済の現状
日本経済は、バブルが崩壊した1990年以降、ずっと停滞が続いています。「失われた20年」ともいわれる「デフレ経済」です。企業の売上高推移、名目GDPの推移をみますと、90年以降、多少の山谷を伴いつつも、ほぼ横這い状態を続けています。主要国と比較すると、日本の停滞ぶりが鮮明になります。1990年から直近までの名目GDPの増え具合は、米・英が3倍強、独・仏が2倍強です。日本だけが殆ど増えていません。
このままいけば、世界における日本の地盤沈下は確実です。日本の課題である国家債務返済も益々難しくなり、債務不履行の危惧さえ出てきます。債務不履行は耳慣れない言葉です。ましてや具体的イメージは湧きにくいですね。でも、日本で唯一の財政破綻自治体である夕張市のホームページをみれば、財政危機の現実が何となく理解できます。今、夕張市民は、市が負った膨大な借金返済のため、ひたすら公共サービスの削減(小中学校の大幅削減、市民病院の廃止)を受入れつつ、公共料金の大幅引上げ(水道・ゴミ料金の大幅値上げ等)に耐えています。その結果として、借金の返済状況がどんな状況か、秒刻みで表示されるようになっています(借金時計と表示されています)。我々も、今こそ本気で日本経済を再生させないと、いずれは夕張と同様、「日本の借金時計」というホームページが作られ、国民が借金に否が応でも向き合わざるを得ない日が来ると思います。
3.日本経済停滞の原因
経済再生のためには、まず「原因」を探ることが出発点になります。「失われた20年」あるいは「デフレ経済」がなぜ長く続いたか、原因を特定することは難しい問題ですが、GDPの構成項目である生産・所得・支出という3つの側面から掘り下げると、手触り感のある形で、原因が理解できます。時間制約もありますので、本日は「生産」面に焦点を当ててお話しします。
経済の生産活動は、企業が支えています。企業はまさに「生産活動を通じて所得を生み続ける装置」です。この「装置」がうまく動けば所得は上がり、GDPも増加します。
ところが、日本は、この20年間強、この装置がうまく動きませんでした。典型例の一つはテレビや半導体産業です。今や産業として見る影もありません。なぜか?──本来、企業は経営環境の変化とともに古くなった事業を畳み、新しい事業に経営資源を移し替える作業を継続しないといけません。企業改革です。わが国の大企業はこれを躊躇し続けたのです。実際、事業再編の金額(買収額+売却額)の対売上高比率を欧米主要企業と比べると、如何にわが国が企業再編に消極的か一目瞭然です。これでは、生産が伸びず、所得が横這いになるのは当然です。大企業にぶら下がる中小企業にも当然、非効率さが温存されます。国全体の経済が腐るのです。
世の中にはデフレの原因は「需給ギャップによる価格下落」との声もありますが、深掘りすれば「企業行動」こそが需給ギャップを生み、デフレになっている原因の一つなのです。経済再生の処方箋として「構造改革が必要」との意見をよく耳にしますが、煎じ詰めれば、企業側、つまり「供給サイド」の改革を求めるもので、「企業改革」はそのための大きな柱となります。
4.現行経済政策(アベノミクス)の評価
経済停滞の原因がわかれば、次は「処方箋」を考えることになります。自民党の出した処方箋がアベノミクスです。この考え方は、供給サイドではなく、需要サイドに力点が置かれた経済政策です。3本の矢のうち、3番目の「成長戦略」が残念ながら前に進まない中、1番目と2番目(大胆な金融緩和、機動的な財政出動)が柱になってしまっています。安倍首相自身の「威勢の良い言葉」(日銀法改正も視野、無制限な金融緩和で円高是正、史上最大の経済政策)が出発点です。うまい具合に、首相の言葉と乱暴な金融緩和で、円安・株高への流れができ、それに支えられ、消費や企業収益が拡大しました。安い買い物のようにみえますが、冷静に見れば、これは本物の経済政策ではなく、株高・円安に支えられた徒花的な需要刺激策です。一時的な需要喚起策には「持続性」と「頑健性」がありません。ましてや、供給サイド(企業)が「錆びた仕組み」のまま、需要だけ刺激する政策なので、効果もなおさら一時的になります。「エンジンが錆びた自動車のアクセルをいくら吹かしても進みが悪く、エンジン内部の掃除こそが必要」と言っているのと同じです。
5.日本経済再生に向けての課題
最後に「課題」を考えます。まず、先行きの経済を展望しますと、残念ながら回復は期待できません。需要刺激策一辺倒のアベノミクスの限界が明らかに露呈しています。消費動向をみますと、足元では円安の弊害で、委縮し始めています。食品価格上昇で消費者が財布の紐を締め始め、家計は貯蓄に舵を切り始めています。消費が伸びない所以です。日本にとって本当に必要なことは構造改革ですが、それが進んでいないことを企業はわかっています。これでは先行きの成長期待が一向に高まりません。当然、企業の設備投資も増えません。日銀がいくら緩和をしても効かない所以です。アベノミクスは、一時的な財政刺激策を積み重ねて、景気を底上げする手法ですが、これでは財政赤字を累積させていくだけです。この方法を続けていく限り、いずれ日本の信用劣化を惹起し、大幅な円安につながりかねません。不幸にも大幅円安になれば、輸入物価上昇で生活が一挙に苦しくなります。そのときは、当然、国は財政健全化に本気で舵を切ることになります。税上げが不可欠となる中で、家計は一段と苦しくなり、経済の停滞感が一層強まっていくことが見込まれます。
我々は、こうした悲劇のシナリオに突入する前にこそ、財政政策に頼る手法から脱却することが重要であり、これが最初の一歩になるという認識を持つ必要があります。国民一人一人が「米百俵の精神」を持ち、現在の辛抱こそが、将来の利益になるという考え方を持つ必要があります。その上で、真に経済を活性化させるために「供給サイド」の是正を図る「構造改革」に本気で舵を切る必要があります。そのために、企業が「事業改革」(古くなった事業を畳んで、新しい事業に経営資源を移し替える作業)を進めやすくする環境整備が不可欠です。具体的には、企業をガチガチに縛る様々な行動規制を抜本的に取り除き、企業の新規事業への参入を強く促す環境整備が不可欠です。企業の事業再編の妨げとなっている税・会計・制度(公取委等)の見直しも急務です。
経済政策に王道はありません。急がば回れの精神で、構造改革こそ押し進めて、日本経済を根本から再生する必要があるのだと思います。
以 上
*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。