本講演では「仕掛学」という学問について紹介します。仕掛学では、人の行動を変化させる「きっかけ」になるものを「仕掛け」と呼んでいます。例えば、トイレに的がついているとつい狙いたくなります。ゴミ箱のうえにバスケットゴールがついていると、ついシュートしたくなります。このような仕掛けによって、自発的に人々の行動変容を促すことができます。
仕掛けは「行動の選択肢を増やすもの」なので、行動変容を強制するものではありません。仕掛けに興味をもった人が、自ら進んで行動を変えたくなる、そのような仕掛けを研究対象にしています。
世の中の問題の多くは人の行動が作り出しています。運動不足や不摂生による不健康といった個人的な問題から、交通安全や犯罪、環境問題といった社会的な問題まで、その原因になっているのは人の行動です。したがって、人の行動を変えることは、これらの問題に対処するための最も素直なアプローチになります。
ただ、これは簡単なようで難しい問題です。経済学ではお金やモノといった物質的な財が「効用」をもたらし、その効用が増えないと人の行動を変えることはできないと考えます。しかし、人はそれほど合理的ではないことは行動経済学などでよく知られており、満足度や幸福度によっても人の行動が変わることが指摘されています。
仕掛学では、財による効用ではなく、五感や経験や心理的な要因を利用して行動変容を促すアプローチなので、行動経済学の中のナッジと似ています。しかし、ナッジは無意識に選んでしまうデフォルトの行動を対象とするのに対し、仕掛けは意識して選んでもらうオルタナティブな行動を対象とする点が異なっています。
また、行動を変えるアプローチには、法律、規範、市場、環境の4つあるという考えもあります。例えば、座席を固くして長時間座れないようにしたり、エアコンの設定温度を低くするといったアプローチは環境を変えるアプローチの例です。しかし、これらは行動変容を半ば強制するものであり、行動の選択肢ではないので仕掛学とは異なるアプローチになります。
仕掛学のアプローチは、イソップ寓話「北風と太陽」にあるような、北風が無理やり上着を吹き飛ばそうとして抵抗されるアプローチではなく、太陽は燦々と照りつけることで自ら脱ぎたくなるように仕向けるアプローチになります。また、仕掛けは、アイデア次第ではシンプルかつ安価に作ることができるので、誰もが考案し、実践できることも大きな特徴です。仕掛学の考え方が広まり、身の回りの問題を解決する仕掛けが巷にあふれるようになれば、この世の中はより良くなるはずです。そのために、仕掛学の教育、理論的な研究、社会実装に取り組んでいます。ご清聴ありがとうございました。
*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。