第61回OFC講演会
演題
顧客価値のイノベーション:日本企業に求められる価値づくり経営
開催日時/場所
2020年10月8日(木)午後6時00分~ /WEB会議サービス「Zoom」
講師
大阪大学大学院経済学研究科 教授 延岡 健太郎 氏
講演要旨
1)イノベーションの本質
日本の製造企業の国際競争力が低下しはじめて30年近くになります。日本企業が強いハードウェア以上に、ソフトウェアやネットワークが重要になったことも一因ですが、最大の問題点は、変化した顧客価値に対応できていない点です。顧客価値のイノベーションで負けているのです。
まず、イノベーションとは何か明確にしましょう。技術革新とは異なります。革新的な商品やサービスが新たな価値として広く社会で活用されて初めてイノベーションとなります。価値創出の結果を表す概念です。企業であれば、売上げや利益に結びついて初めてイノベーションです。技術革新はその手段の一つでしかありません。
結果としてのイノベーションではなく、日本企業はAIやIOTなど、手段が先に来る場合が多いですね。流行りのオープン・イノベーションやデジタル・トランスフォーメーションも手段に過ぎません。まずは顧客にとっての大きな価値を明確に構想して、AIやIOTが必要であれば活用するし、自社に技術がなければ当然オープン・イノベーションの出番です。手段が目的化することは避けるべきです。
2)機能的価値と意味的価値
イノベーション創出のためには、カタログ仕様など客観的に評価・測定できる「機能的価値」だけでは難しくなりました。特定の機能ではなく、消費財では、使い心地やデザインなど感性・情緒に訴える価値が鍵を握ります。ユーザーが幸せを感じる経験価値(User Experience)です。顧客が意味付ける価値なので「意味的価値」と呼ばれます。
意味的価値が重要なのは、生産財も同じです。顧客企業へ販売する部品や製造機器の仕様や機能だけではなく、それを顧客企業が使って実際に享受できる価値(コスト削減や売上げ増加)を提案しなくては、大きな価値づくりには結びつかなくなりました。ソリューションの提案です。客観的なスペックや数字では表せない、個々の顧客企業で異なる使用価値です。
意味的価値を象徴するのは、消費財ではやはりアップルです。最大の優位性は、気持ちの良い使い易さや、品質感の高いクールなデザインです。カタログでは、それらの魅力はわかりません。一方、iPhoneでしかできない「機能」は多くありません。逆に、日本企業が得意としたテレビ機能や非接触型ICカードを使った支払い機能などはありませんでしたが、iPhoneの成功には関係ありませんでした。
生産財企業でも同様に、大きな価値づくりができている企業は、意味的価値で成功しています。その中でも、キーエンスが代表的です。工場用センサーや顕微鏡などで、過去20年以上にわたり売上高営業利益率が40%を超え、2019年度は売上高5871億円で営業利益3179億円(営業利益率54%)でした。商品の機能向上ではなく、顧客企業の経済的価値(利益・生産性)向上を目標として、独自性の高い新商品を提供します。営業担当者はカタログでわかる価値だけでは販売しません。顧客の現場でデモをして、実際に試さなければ分からない使い易さ等を訴求します。
3)SEDAモデル
意味的価値と機能的価値の概念を発展させ、統合的価値を考えるための枠組みとして、SEDAモデル(シーダモデル)を紹介します。サイエンス(Science)、エンジニアリング(Engineering)、デザイン(Design)、アート(Art)の頭文字です。図では左側のサイエンスとエンジニアリングが機能的価値で、右側のアートとデザインが意味的価値です。縦軸では、上側のサイエンスとアートが問題提起、下側のエンジニアリングとデザインが問題解決です。
この中で、まず、エンジニアリングとデザインの統合が必須です。目標としては、見ても美しく、機能が豊富で、使いやすい商品です。これらの価値は、デザイナーだけでも、エンジニアだけでも実現できず、一緒に取り組む必要があります。しかし、客観的に理詰めで考えるエンジニアと、主観的な感性を重視するデザイナーでは、価値創造や問題解決の方法が全く異なり融合は困難です。
この点に革新的な取り組みをしてきたのが掃除機や空調家電のダイソンです。商品開発の主要技術者は、管理層も含めて多くがデザインとエンジニアリングの両方の教育を受けた「デザインエンジニア」です。
SEDAモデルでは更に、意味的価値における問題提起として、右上にアートを位置付けます。顧客の要望に合わせるのがデザインで、自らの哲学や信念を表現するのがアートです。具体的には、顧客が主観的に意味づける価値を商品・サービスに反映させるのが「デザイン」であり、顧客にとっての新しい意味を提案するのが「アート」です。
マツダは、デザインでアート思考に取り組んで成功しています。ダイナミックに原野を駆け巡るチーターをイメージした「魂動」のデザイン哲学を掲げて、艶やかで凜とした美しさを表現します。顧客が満足すれば良いのではなく、魂動の哲学が100%表現できるまで妥協しません。
企業が国際競争力を実現するためには、SEDAモデルの統合的価値を目指さなくてはいけません。なお、特に、日本のものづくり哲学を世界に向けて発信するアート思考が重要だと考え、2021年1月に「アート思考のものづくり」という著書を日本経済新聞出版社から出版します。
*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。