第65回OFC講演会
演題
新型コロナ感染症はワクチンだけで防げるのか?
開催日時/場所
2022年5月27日(金)午後6時30分~ /学士会館(東京一ツ橋)3F 講義室302
講師
大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授・大阪大学名誉教授 宮坂 昌之 氏
講演要旨
新型コロナウイルス感染症の存在が世界的に知られてから約2年半が経過した。発生当初は自然に収束するという楽観的な見方もあったが、感染は燎原の火のように広がり、2022年6月末時点で、感染者は5億4千万人超、死者は630万人に達した。
しかし、最近になって危局打開のためのいくつかの「ゲームチェンジャー」と思われるものが登場してきた。その一つがmRNAワクチンである。なかでも、mRNAワクチンは優れた効果を示し、感染予防、伝搬予防、重症化予防のいずれについても、有効率が高い。同じRNAウイルスであるインフルエンザウイルスに対するワクチンと比べると、はるかに優れている。実は、mRNAワクチン開発の歴史は今から10年前以上にもさかのぼる。日本には到来しなかった感染症MERSの勃発の頃(2012年)からmRNAワクチン開発が続けられていて、実際にジカ出血熱ではワクチンが作られ臨床試験が行われていたのである。また、あまり知られていないことであるが、ドイツのビオンテック社(ファイザーとともにコロナワクチンの共同開発をしたベンチャー)は2008年に設立された後、新しいがんワクチン開発のためにmRNAワクチンの技術開発を続け、昨年6月には悪性黒色腫に対するmRNAワクチンの第二相臨床試験を開始している。つまり、mRNAワクチンの開発の歴史は10数年にも渉るのである。
一方で、ワクチンは健康人を対象に接種することから、極めて高いレベルの安全性が求められる。この間、世界中から安全性データが集まってきたが、懸念された副反応は深刻なものではなく、このワクチンがきわめて優れていることが明らかになってきた。また、最近のデータでは、脳内出血、肺梗塞、深部静脈血栓症などは、ワクチン接種ではその発症頻度は増えず、一方、コロナ感染後にいずれの発症頻度も著しく高くなっていた(これが高齢者における新型コロナの重症化の大きな原因であり、コロナ感染が消えても合併症で亡くなるケースが増えている)。
ところが、反ワクチンの立場の人たちからは、mRNAワクチン接種開始後に日本だけで1,500人以上が亡くなったとか、ワクチンは不妊、流産、奇形をもたらすとか、自分のからだを攻撃するので自己免疫疾患を起こすとか、種々の情報が流されている。しかし、ワクチン接種開始後から現在に至るまで、ワクチン接種者群と非接種者群の間では死亡率に有意な差はなく、ワクチン接種後に不妊、流産、奇形は増えていない。
一方で、巷では「ワクチンは2回すればもう結構」などと言う人がいるが、実は、オミクロン感染はワクチン2回接種ではほぼ防げず、追加接種を受けることが必要である。追加接種を受けても中には感染する人もいるが、実際の感染リスクは2回接種時に比べて数分の1に下がり、重症化するリスクは10分の1以下にまで下がる。また、オミクロン株による感染は上気道にとどまることが多く、比較的軽いと言われるのであるが、この株は感染力が強いために多くの人を感染させ、結局、重症化する人の数も予想外に増えている(特に大阪ではオミクロン株が主体となった第6波ではこれまで最大の死亡者が出ている)。重症化するのは、既に何らかの持病を有する人たちや高齢者がほとんどであるが、一部は糖尿病や腎疾患を持つ若い世代の人たちも含まれている。これを防ぐためには追加接種が必要である。
これまでの日本での流行を見ると、次第に感染の波が大きくなっているが、幸い、死亡者の数はかなり良く抑えられるようになってきた。そのもっとも大きな原因は、日本人の約8割がワクチン2回接種を済ませ、約6割が追加接種まで行っていることである。さらに、日本人がマスク着用を含む種々の感染対策を真面目に行っていることも大きな理由である。さらに、日本の場合は、ワクチン接種と種々の感染対策の両方が同時に有効に行われているという点がもっとも注目すべきことである(これに対して、海外諸国の多くはワクチン接種が進んだものの、感染対策は緩めたり解除したりしてしまっている)。日本の新型コロナによる致死率はOECD加盟国の中でもっとも低いが、この一番の理由は、日本ではワクチン接種と種々の感染対策が同時に行われているということである。
新型コロナ感染症はワクチンだけでもマスクだけでも防ぐことができない。種々の感染対策を平行して行うことが重要である。ただし、日本には次第にワクチンの累積効果が見られつつある。これからの日本では、過剰な対策は不要である。TPOに応じたメリハリの利いた感染対策が求められている。
*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。