アメリカの失業率を低下させた刑務所収容人員数の増加
大竹 文雄

1990年代になって、アメリカでは失業率とインフレ率が同時に低下するという今までにない現象が生じた。IT革命が原因という意見も多いが、刑務所の収容人員増も失業率低下に寄与しているという。

失業率とインフレ率の同時低下が生じた理由については、インフレを加速しない失業率(自然失業率)そのものが低下したという長期的・構造的な要因を重視する意見と、人々のインフレ率の低下をもたらす一時的なショックがあったことを重視する意見がある。

長期的・構造的な要因としては、次のものが考えられている。

(1)人口構成の変化
アメリカでは、失業率は若年層ほど高い。90年代に入ってベビーブーマーが中高年齢層になったことで、失業率が高い年齢層が相対的に減少したことが、全体の失業率の押し下げ要因になった。

(2)派遣労働の発展
アメリカでは、派遣労働者数が90年代に倍増した。派遣労働の発展で、仕事を人に紹介する効率性が改善し失業率が低下した。求人を埋める効率性が高まったことで、企業が人手不足を解消するために賃金引き上げを行う必要性も低下した。アメリカの派遣労働の多くは、労働者と企業が気に入れば正社員に変わるというテンプ・トウ・パームという派遣が主体なのである。

(3)刑務所収容人員の増加
驚くべきことにアメリカの成人男性の2%は刑務所に収容されており、90年代にその数は倍増した。刑務所収容者は、失業率算出の際に、分母となる労働力人口にも分子の失業者数にも参入されていない。しかも、刑務所収容者が刑務所外にいた場合には失業している可能性が高いことが分かっている。そのため、刑務所収容人員の増加が失業率の低下に貢献したというのである。

(4)労働組合組織率の低下・競争の激化・失業不安
労働組合の組織率が低下したことが、賃金引き上げに対しての圧力を弱めた。また、競争の激化による失業不安が労働者の賃金引き上げに対する要求を弱めた。

ハーバード大学のカッツ教授とプリンストン大学のクルーガー教授は、自然失業率低下要因としては、人口高齢化要因が最も大きく、次に派遣市場の発展、さらに刑務所収監人員の増加となると分析している(注)。

一方、短期的にインフレ率が低下した理由としては、コンピューターやエネルギー価格の下落などの物価に対するマイナスのショック、過大に推定されていた物価測定方法の変更、企業負担の健康保険料の上昇が抑えられたことなどがあげられている。

刑務所収容人員の増加が失業率の低下に寄与したというのは驚きであるが、好況による財政状況の好転が、刑務所収容者数の増加を支えた可能性もある。

(注)次の文献をもとにしている
Laerence F.Katz and Alan B. Krueger(1999)"The High-Pressure U.S. Labor Market of the 1990s," Brookigs Papers on Economic Activity, 1:1999,1-87.