雇用調整助成金
大竹 文雄

日本の雇用政策は、石油ショック時の大規模な雇用調整で発生した大量失業に対応するために、積極的な失業予防政策へと大幅な方向転換を図った。雇用保険制度の創設がその代表である。その最も大きな特徴は、従来の失業給付制度に加えて、失業を予防するためのさまざまな施策がつけ加えられたことである。具体的には、雇用安定事業(注1)、能力開発事業、雇用福祉事業の三事業が創設された。そのうち、失業を未然に防ぐ制度としてもっとも活用されたのが、雇用調整助成金制度である。

この制度は、経済変動による雇用者の減少を防ぐため、休業する事業者に対して休業手当、訓練・出向手当などを支給するものである。具体的には、減産や雇用減少業種を労働大臣が指定し、当該業種に属する企業の申請により休業手当などの一部を助成するものである。雇用調整助成金は、その後の雇用対策で中心的な役割を果たすことになった。

【構造調整を送らせる可能性も】

 図1に、雇用調整助成金のうち休業手当に対する補助額の実質値の推移と、『労働経済動向調査』の製造業の雇用調整実施事業所比率を示している。雇用調整の実施比率と雇用調整助成金の支給額は、密接に相関していることがわかる。

このグラフから、雇用調整が実施された場合には、企業に解雇よりも休業を選択させる誘因を作ったと解釈できる。雇用調整が一時的な景気後退によって生じている場合には、雇用調整助成金による雇用維持が人的資本の減耗を防ぐことにより、景気回復時における生産性上昇をもたらし、雇用創出に寄与することができる。

しかし、休業手当に対する補助が、構造不況業種といわれる雇用喪失が続いている産業になされている場合には、構造調整のスピードを低下させ、日本の労働者の適切な産業間配分をゆがめてしまう可能性がある。この両者は、短期的な失業予防と、長期的な雇用創出の間にトレードオフの存在を意味している。



【雇用創出には寄与したのか】

 雇用調整助成金が、安定的な雇用を通じて雇用創出に寄与したか否かについて検討してみよう。図2は、1990年から98年までの産業別一人あたり雇用調整助成金(消費者物価指数で実質化)と産業別雇用者増加率のそれぞれの年平均値を図示したものである(注2)。両者の間には明確な負の相関が見て取れる。この期間において、雇用者一人あたり支給額が最も多いのは、繊維産業であり、その次に鉄鋼業がくる。その意味では、雇用調整助成金は、景気循環による一時的な解雇を減らし、雇用調整助成金の支給先の産業における雇用創出をもたらしているとは言えない。むしろ、雇用が喪失しつつある産業に対する補助金としての機能をもっているといえよう(注3)。



(注1)創設時は雇用改善事業と呼ばれた。
(注2)1990年から1998年までの産業別雇用調整助成金に関する労働省の資料と「毎月勤労統計年報」の産業別の5人以上事業所の常用労働者のデータをもとに作成した。縦軸は対数目盛であることに注意。
(注3)9年間という比較的短いサンプルでは、循環的ショックが完全には消えていないという可能性もある。