1999年1月17日朝日新聞朝刊掲載
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高失業時代の政策
大阪大学社会経済研究所 大竹文雄
転職容易な雇用制度に
日本の完全失業率が過去最悪の記録を更新し、昨年11月の調査で4・4%となった。好況の米国は12月調査で4.3%に低下し、日米逆転が現実のものとなりつつある。未経験の高失業率時代を迎えて、雇用政策はどうあるべきなのか。労働経済学が専門で、積極的に政策提言をしている大竹文雄・大阪大学社会経済研究所助教授に聞いた。(山脇 岳志)
Q:日米逆転というのはショッキングでは。
「日本はこれだけの不況だが、米国は空前の好況だ。状況が全く違うから、センセーショナルにとらえる必要はない。ただ、これからの政策次第では、日本は高い失業率に長期間悩まされることになる。マクロ経済政策も重要だが、雇用政策を転換できなければ問題はもっと深刻になるだろう」
不安心理が悪循環
Q:日本では、数字に表れている以上に不安が高まっています。
「米国では失業期間の短い人が多い。リストラされる機会も多いがすぐに職がみつかるから、失業をそれほど深刻に受け止めなくてもすむ。社員を解雇しにくい日本の会社は、不況時には採用を極端に抑える。その結果、日本ではいったん失業するとなかなか職がみつからない。その不安心理が消費を抑え、さらに雇用も悪化するという悪循環に陥っている」
Q:しかし、解雇されることもなく、安心して働ける終身雇用制度が日本の経済成長を支えてきたのではありませんか。
「特に製造業でそう言えた。だが、産業構造の変化などで、長期雇用を必要としない業種も増えた。たとえばコンピューターソフト、情報通信、金融などの先端産業分野では、能力に応じて会社をかわりたいという人が多い。サービス業や介護・福祉関係の業種も長期雇用になじみにくい面がある」
年金改革など急務
「強調したいのは、労働者がいろんな雇用期間を選べるようにすべきだ、ということ。日本では、20年以上同じ企業に勤めないと、企業年金や退職金で損をしてしまうことが多い。国が長期雇用を推進するような税制上の優遇措置を講じているからだ。長期雇用に適する業種の企業は、そんな措置がなくても長期雇用を維持する。一方、短期での転職を望む人やリストラされた人は激増しているのに、そうしたニーズに対応できていない。それは新しい産業の伸長を抑え、経済成長にもマイナスだ」
Q:どういった具体策を講じれば良いのですか。
「年金・退職金制度の改革が急務だ。会社をかわっても自分の企業年金を移せる確定拠出型の年金制度を導入する必要がある。さらに、失業した人が再就職しやすい仕組みを整え、雇用不安を鎮めることが重要だ。人材派遣や職業紹介の分野にまだまだ規制が多いことが問題だ」
「人材派遣業者が、事実上、職業紹介をする道が閉ざされているのもおかしい。その会社で仕事をしてみなければ自分に合うかどうかわからない、という若い人も多い。派遣労働者が、派遣された会社の正社員になれるような政策を進めるべきだ。派遣企業が採用企業から紹介料を取れるようにすればよい。プロサッカー選手の移籍金のようなものだ」
職業訓練に補助を
Q:雇用不安を抑えるために失業保険の給付期間の延長も手では?
「職探しの意欲を低下させ、長期の失業者が増えるので逆効果だと私は思う。そもそも失業給付の水準が再就職先の賃金と比べて高すぎるので、再就職の意欲を失う人が多い。失業給付の充実や延長より、再就職の意欲がある人が能力を身につけるために民間の訓練機関、専門学校、大学などに通うことに補助金を出す政策をとる方がよい。失業率の上昇は、産業構造の変化という根本的な要因が大きいからだ」
Q:それにしても中高年になってリストラされると深刻です。
「深刻さは理解しているが、企業が中高年をリストラしにくいために、就職できない若者が激増している。そのことの方が近い将来、より深刻な問題になるだろう。若いうちに企業で訓練されないままだと生産力は低下する。リストラというと悪いイメージがあるが、産業構造の急速な変化に対応して、もう少し転職がしやすい社会にしないと日本全体が沈没することになりかねない。リストラに耐えられる社会への道筋を早急に考える必要がある」
用語解説:完全失業率 労働力人口に占める失業者の割合。各国が出している「失業率」と同義。総務庁が月末の1週間、全国の約4万世世帯、約10万人を標本調査して算出する。失業者の定義は、調査期間に収入を伴う仕事をせずに、求職活動をしている人のこと。たとえばパート先から解雇された主婦が、新たな求職活動をしない場合、労働力人口とみなされず、失業者ではなくなる。 米国は求職の期間を4週間としているため、日本よりも高い失業率になるとの見方もある。ただ、日本は過去に求職活動をして結果を待っている人を含めており、総務庁は「統計にほとんど差はない。むしろ日本の方が失業率は高く出るはず」と反論している。 |