第19回OFC講演会

演題

「遠隔医療での体験的起業論」

開催日時/場所

平成17年5月10日(火)午後6時半~ / 梅田センタービル

講師

兵庫県立大学 応用情報科学研究科 教授 辻 正次 氏

辻 正次 氏

プロフィール

  • 京都大学経済学部卒。Ph.D.(Stanford University)。
  • 大阪大学教授を経て(大阪大学名誉教授)今年4月より現職。
  • 専攻は理論経済学、日本経済の構造変化が研究テーマ。地域情報化施策、電気通信での規制・料金、さらには遠隔医療の経済効果の推計に取り組んでいる。
  • 情報通信審議会委員(総務省)、郵政研究所特別研究員、文科省大学評価委員会委員、フロリダ大学国際外部評価委員、国際電気通信学会理事、国際遠隔医療学会理事、日経地域情報化大賞選考委員等を努める。
  • 主著に『公共政策論』(有斐閣)、『ネットワーク未来』、『演習マクロ経済学』(日本評論社)、Privatization, Deregulation and Institutional Framework, および Private Initiatives in Infrastructure (以上,Edward Elgar), The Internet Revolution (Cambridge University Press)など。

会場風景

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講演要旨

●はじめに
 経済学の立場から医療問題、特にITを活用した医療について研究していますが、まず現代のITの状況について説明します。小泉総理の就任時と現在を比較しますと、ブロードバンドの加入者は、就任時には約85万人、それが今や約1500万人と急激に増加し、他方、料金は約3分の1に低下しています。電子政府も進み、電子申請・届出が可能な国の手続きはほぼ100%です。電子商取引では、株式取引に占めるインターネット取引率は約3倍に増加しています。公立学校のホームページの開設率は1.5倍増えました。ブロードバンドの通信速度も日本が最も速く、携帯電話によるインターネットへのアクセスは日本、韓国、中国の順で多くなっています。

 小泉内閣が進めるU-Japan計画では、最初のUはUbiquitous。どこでも誰でもインターネットができること。二つ目にUniversal。いろんな人が共通的に使えるようにという意味です。三番目はUser-oriented。利用者が中心とことです。最後のUniqueは個性的ということです。これらの4つのUで「for you」という訳です。このようなU-Japanが実現しますと、われわれの生活での利便性が一層高まります。産業面では、企業の生産プロセスでの在庫管理や物流が一層IT化されます。ホテル、レストラン、劇場、旅行代理店、レンタカーといったものが一つのカードで支払いが可能となり、「ICT」=Information and Communications Technologyが経済の隅々まで浸透します。

 他方、生活面では、様々なところにブロードバンドが入り、漫画や映画などのエンターテイメントでは、デジタルのクリエイターが活躍し、杖の先にICチップを装着し、どこそこに行きたいと入れておくと、右に曲がれとか、階段があるというように自動的に音声で案内し、街中を目の悪い方でも自由に歩けるようになります。

 このようにいろいろ考えられておりますが、ブロードバンドやITをわれわれの身の回りで役立つようなものにするには、依然としてアプリケーションが足りません。

 そこで、医療の分野でITをいかに使うか、研究し、また自分で実践しています。特に、遠隔医療の経済効果などを分析し、今後それをさらに広めるにはどうしたらいいか考えています。また、自分でもベンチャービジネスを立ち上げようと考えていますので、その視点からも紹介させていただきます。



●遠隔医療の必要性
 現在、私たち自身にとって最も関心の高い経済問題は、医療費、年金、社会保障です。高齢化社会の進行と共に、医療関係の支出は増加し、平成16年度国民医療費は32兆円にのぼっています。

 主要な死因は癌と心疾患、脳血管疾患の3つですが、医療費の中で最も多く占めるのは高血圧、糖尿病、心臓病、脳卒中といった生活習慣病です。

 高血圧を例に取ると、通院している人が749万人、心臓病では204万人となっている。生活習慣病は食生活など生活パターンを変えることにより、防ぐことができます。サラリーマンの場合、分かっていても仕事の関係等から健康管理ができず、大勢が生活習慣病になっていきます。少しでもそうなるのを遅らせる、あるいはならないように、ITをどう使えばよいのかというのが、私の研究のテーマです。



●遠隔医療とは
 「映像を含む患者情報の伝送に基づいて、遠隔地から診断、指示などの医療行為および医療に関連した行為を行うこと」ですが、これにはいくつかのタイプがあります。医療の現場でいま最も多く行われているのは、遠隔放射性画像診断です。これは、基本的な設備が整っていない過疎地の診療所の医師が、大学病医院や専門病院といったところにレントゲンの写真を送信し、その画像を続映してもらうものです。それから遠隔病理診断(テレパソロジー)というのは、胃の開腹手術を行っているときに、単なる腫瘍なのか癌なのか、即座に組織片の画像を送信し、専門医の判断を受けるものです。

 もうひとつが、在宅ケアシステム(在宅健康管理システム)です。在宅の患者さんと医療機関を電気通信のネットワークで結び、患者さんの健康データを送って、健康管理をするというものです。家庭には患者端末という機器が設置され、これで血圧、心電図、血中酸素、脈拍などを測定し、それをインターネットで医療機関や保健所へ送信します。医師がそのデータを診て、「血圧が上がりましたので、塩辛いものは控えるように」とか、「適度な運動してください」といったアドバイスを下すものです。この在宅ケアシステムが、実際どれだけの経済効果を生んでいるのか、分析しています。

 研究を行い始めたのは、90年代の中頃で、当時の厚生省からの調査の依頼が来たのが契機です。このような在宅健康管理システムが普及するにはどうすればよいのか、またこのシステムはどれだけ経済効果を生んでいるのか研究してほしいとの依頼です。年間10億円前後くらい厚生省がお金を出して、主に自治体がこのシステムを導入しているのですが、現在システム数は1万2,3千台になっています。しかし、数年間で50~60億円を投入して、過疎地へ機器を配っているのですが、一向に効果が目に見えてこない。厳密にどれだけの経済効果が生まれているのか示さないとこの支出を止めるということで、昨年の暮れからこの研究を行っています。



●テクノロジーからみた在宅健康管理システム
 具体的にシステムの説明をしたいと思います。

 まず、第1世代モデルと呼んでいるものですが、最も初期のタイプは「うらら」です。これは1992、3年頃に販売されましたが、サイズが30センチ、20センチ、高さが15センチぐらいです。スクリーンに「今日はお元気ですか」、「よく眠れますか」、「息切れがしますか」など10個ほどの簡単な問診が可能です。それにイエス・ノーをボタンで押して答えます。保健センターでは、その回答が記録として残ります。体重と体温は自分で測って入力します。脈拍、血圧、血中酸素、心電図は患者端末が測定して送信します。この端末機の価格は20万円少々です。これは最も安く、しかもよく使われていて、端末の90%近くがこのシステムです。これは岩手県釜石市にある楽山会が製作し、93年に運用が開始されています。現在、そこでは211台の端末があって、405人のユーザーが登録されています。月額料金は、2,500円です。

 次に第2世代モデル。三洋電機のサンヨーメディコムという機械です。これも同じように問診のイエス・ノーがついています。音声の機能があり、センターの看護婦さんとかと話せます。またカメラもついていて、顔が映ってお医者さんと話すことができます。分離型の機械に検査の機能がついています。他には、NECの「すこやかメイト」など、その他、日立、富士通などでも同種の機器を販売しています。

 第2世代の中で最も進んでいるのが、パナソニックの「電子チェッカー」です。これは高価で、1台が70~80万円します。前述のサンヨーやNECのは40万円くらい。この種の機器には様々な付加機能がついていて、測れるのは、血圧、体温、血糖、心電、血中酸素です。面白いのが聴診器の機能。心臓の音が送れます。また別の特徴は、測りたいもの、必要なものだけをインターフェースで選べることです。糖尿の方ですと、必要なデータは体温、血圧、血糖だけ、心臓病の方でしたら、体温、血圧、心電図、聴診器が選べます。もちろん動画像も送信できます。この機器は、日本よりも米国で多く販売されています。メイン州の退役軍人病院で、何百台と使用されていると聞いています。

 第1世代と第2世代を比較しますと、第1世代のうららは価格が安いだけに、機能は単純です。第2世代モデルのプラットホームは基本的にパソコンですから、いろんな機能をつけることができますが、その反面価格は高いということになります。

 常識的に考えると、大企業の作る、性能のいい第2世代のマーケットシェアが大きいと思われがちですが、実際は、小規模のゲームソフトメーカーが作る「うらら」が90%弱のシェアを持っています。それはなぜかというと、マーケティング方法が異なるのです。ビジネスというのは、いいものを作れば売れるというわけではなく、売り方や価格の付け方が重要です。消費者のニーズに合ったもの、消費者にアピールするものが売れます。この場合のマーケティングは、ちょっと通常のビジネスとはちがいますが、これらの観点から比較はできます。



●テクノロジーからみた在宅健康管理システム
 それでは、在宅健康管理システムが一体どれだけの経済効果を生んでいるのか調べてみましょう。WTP(支払い意思額)といって、消費者がそのシステムを使うために支払ってもよいという金額から推定します。この種のサービスは、主に自治体が行っておりますが、公的なサービスですので、無料となっています。無料ですので、需要曲線がありません。この需要曲線をいかに推計するかが、この研究のポイントです。

 在宅健康管理システムのどの点がメリットか、アンケート調査を何回かしましたが、それは大体次の4つに集約されてきます。①日々の不安の解消、②健康意識の増進、③病状の安定、④医療費・薬代の減少です。④については、例えば、福島県の西会津町が挙げられるが、そこではこのシステムの導入により国民健康保険の支払いが減少したということです。

 このシステムを使うには自分はいくら払ってもいいか、岩手県釜石市で調査しました。釜石では2,500円すでに払っておられますから、2,500円と答えた人が115、6人おられます。4,500円が10人くらいで、3,000円が70人くらい、5000円が60人くらい、1万円以上払ってもいいと答えた人は17、8人おられました。需要曲線を推計して、この消費者余剰(=消費者が購入しても良いと思っている価格と実際に支払う価格との差額)の面積を計算したところ、4,519円です。これがWTPです。釜石では、一ヶ月に4,519円払ってもいいという結果が出ました。

 次に、これが地域でやる値打ちがあるのかどうか、6年間で計算してみました。WTP(4519円)×12ヶ月×登録人数で釜石の1年間の便益が出ます。6年間ですので、これを6倍して102,896,003円となります。一方コストは、コンピュータ、端末機、ソフト料などの設備費用、人件費、メンテナンスなどの運用費用からなります。このコストを6年間で計算すると、約9,578万円です。便益との比率は1.07です。つまり、釜石市のシステムは、コスト以上の便益を生んでいます。投入したお金以上の効果が生まれているから、自治体あるいは地域としては、このシステムを導入する値打ちがあることになります。

 同じことを他の地域でも調べました。

 便益とコストの比率は、福島県葛尾村で0.54、西会津町で0.58、旧寒川町で0.61でした。

 つまり平均的には、便益は費用の約半分しか生んでいないことになる。圧倒的に費用がかかっているのです。

 このような事業でも、百を越える自治体が導入し、現在でも導入したいという自治体があります。医師がいない自治体は、このシステムで高齢者の健康管理をしたいと考えています。というのも、中央官庁から補助金が出るからです。設備などの初期投資額は大体補助金で賄うのです。自治体の持ち出しになるのは人件費や消耗品などの費用のみです。そこで、自治体が直接的に負担する部分に対して、便益がどれだけあるか費用との比率を計算したところ、香川県の旧寒川町で2.6倍。葛尾村で約1.4倍となっています。つまり、費用以上の便益を生んでいて、自治体には負担がかからない。ですから、このビジネスのポイントは、いかに省庁から補助金をとってくるかに依存しているのです。



●第3世代モデルとビジネス・モデル
 次に、第3世代モデルと呼んでいますが、この新モデルを開発し、自分たちでビジネスができないかと考えています。

(ア)欧米では、24時間どこにいても自分の健康を見守れるようにと、モバイル機能をもつものもあります。この例として、イスラエルのベンチャー会社が作った「Card Guard」と、パナソニックの「e-ハート」があります。心臓がおかしくなったとき、その機械をあてて心電図を記憶させ、それを電話で病院に送るというものですが、これらの機器は痛くならないと測りません。それに対し、私たちの考案品は、24時間つけていて、何かあったとき自動診断機能によりそれを教えてもらえるというものです。

(イ)私たちがターゲットにしたのは、健康に不安のある管理職、あるいは術後の患者さん、ペースメーカーをつけている人などです。マーケット調査しますと、心臓病関係で何らかの障害を持っている人は人口の1割で、大阪だけで100万人くらいの潜在的な需要があります。

(ウ)機器の供給システムの構築ですが、調査しますと、やはり売るのは大変だということが分かりました。というのは、このような心電図は潜在的な患者さんが多いものですから、既存のメーカーがすでにがっちり押さえています。いいものだからといって回してくれない。このように、既に流通しているホルター心電計(24時間、心電計を体につけて、一日中の心臓の動きを調べる検査器)とは競合できないのです。

(エ)私たちの機械は、医療機器としての申請をまだ取っていないので、保険が適用されません。そうすると自己診断になってしまい、メーカーにしても病院にしてもメリットが受けられないのです。90年代では遠隔医療は全部保険がきかず、やっと2000年近くになって、レントゲン写真のデジタル保存に保険を適用してもいいようになりました。その後、ようやく病状が安定している慢性病の再診に保険適用が許されます。医療機器の認定制度はハードルが非常に高いです。

 また医療全体が、ITを使うこと、つまり新しい医療に馴染まない仕組みになっています。ITが出てくる前に、現行の様々な制度ができてしまっています。いまひとつ典型的な問題点は、医師法の第20条の「対面診療の原則」です。患者と医者は対面して治療しなければならない。ドンキホーテの深夜の製薬販売では、テレビ電話で薬剤師とつないで売るという仕組みでOKになりました。

 ですから、いいものがあっても、今の医療の制度ではITを使ってやるとなると、障害がいろいろ存在します。保険診療と保険外診療を併用する混合診療は原則的に禁止されています。混合治療ができますと、あるものは自分のお金を出してもいいから、いい先生に診てもらったりできるわけです。また新しいITを使った、「医療サービスを提供する株式会社」も認められていません。

 また、医師、医療関係者の意識の改革も必要になります。新しいものに適応できない、既存の考え方がある。それは、ある医師の一人が、遠隔医療で患者さんと結んでやるということになると、患者はその医師だけに全部のサービスをお願いすることになり、他の病院へ移れなくなります。つまり、医師一人が在宅ケアを導入しますと、他の医師全員がそれを導入し、結果的に患者の取り合いになる。皆、これをおそれて導入しない。

 患者側の意識としては、少しでも顔を見てもらって大丈夫ですと診断して欲しい。テレビ画面で大丈夫といってもらっても信用できないというところもあります。



 私の携帯心電図のビジネス・モデルは、このような状況下で行き詰っています。また、在宅健康管理システムはあまり効果がないようにみえますが、私たちが調査を行ってみますと、病気の予防になったり、自分で健康管理する意識が高まったり、使うとやはりそれなりの効果があります。今後の販売のチャンネルとしては、これから増加すると思われる大都会のケアつきマンション、お年寄りのアスレチッククラブ、老人会のケアセンターといったところが考えられます。今後は、もう少し使い勝手のいいものを開発し、最も油の乗っている40代後半~50代の方がぽっくり亡くなることが防げるようになればいいと思って進めております。

*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。

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