第1回OFC講演会

演題

「途上国と日本」

開催日時/場所

平成12年11月30日(木)午後6時半~ / 梅田センタービル

講師

大阪大学大学院経済学研究科 教授 橋本 日出男 氏 (前経済学研究科長)

橋本 日出男 氏

プロフィール

  • 東京大学経済学部卒、Ph.D.(米イリノイ大学)。
  • 世界銀行エコノミストを経て、1993年より現職。
  • 専門分野は途上国経済論(特にアフリカ、中東経済)。
  • 日本におけるアフリカ経済の第一人者。
  • ガーナ国大蔵大臣の経済顧問を務めた。

会場風景

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講演要旨

 本日の講演の前半は「途上国がどのような問題に直面しているか」であり、後半は「そうした途上国の問題を解決するため、日本はどのように関わっていくべきか。」である。このテーマを選んだのは、阪大経済学部に来る前の16年間、世界銀行に勤めていてアフリカや中東諸国の仕事をしてきたからである。とくに、84年から87年まで世界銀行から出向して西アフリカにあるガーナ共和国の大蔵大臣顧問として現地に滞在したことが大きい。そのため、途上国の中でも、世界銀行での私の守備範囲であったサブ・サハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)を中心に話したい。こうした国々は、一人あたりGDPだけでなく、その他の経済・福祉指標も低く、国連では後発開発途上国(LLDC = Least among Less Developed Countries)とよばれている。サブ・サハラのほか、アジアでは、バングラデッシュ、ネパール、ブータン、ミャンマー、カンボジアやラオスがLLDCに属している。

まず、途上国一般についておさらいをすると、

(1)開発あるいは発展途上国(Developing Countries)とよばれる国々は、地理的にはアジア、中東、北アフリカ、サブ・サハラ、中南米のほか、近ごろでは旧ソ連圏の国々も含まれる。

(2)貧困を1人1日あたり支出が200円以下のものと定義すると、世界の人口の5分の1が貧困層に属する。さらに、先進工業国と多くの後発開発途上国の間の貧富の差が拡大している。

(3)1960年からの40年間を取ると、途上国の中で経済水準が相対的に上昇した国と下降した国がある。東アジアの上昇と中南米諸国、サブ・サハラの下降が目立つ。

(4)先進工業国の間で、いわゆる「援助疲れ」が見られる。とくに、ソ連圏が崩壊した1990年代後半、多くの先進工業国において政府開発援助(ODA)額が減少傾向にある。

(5)日本は援助大国であり、ODAの金額でみると日本は91年から9年間連続第1位である。しかし日本でも2001年度予算では前年比3%減となった。

後発開発途上国が直面する経済問題、とくにインフレーション、国際収支の赤字と低成長に対して、どのような経済政策が取られているか。この経済政策は経済安定と構造調整の2つに分けられる。国際金融機関の分担としては、前者は国際通貨基金(IMF)であり、後者は世界銀行である。

(1)経済安定化政策
 問題の出発点は大幅な財政赤字であり、これが直接的に通貨増発につながり、インフレーションが起こる。加えて、公定為替レートが現地通貨高に設定されおり、輸入が増えるのに対し輸出が伸びず国際収支の赤字が大きい。これを解決するために、歳入増加と歳出削減および公定為替レート切り下げを行う。一口にいえばDemand Controlである。

(2)構造調整政策
 途上国には経済の歪み(Distortions)が随処に見られる。先ほどの公定為替レート、外貨割り当て、一律でなく高率の関税、インフレ率より低い利子率、食料品や石油製品に対する補助金、赤字の国営・公営企業の存在などである。構造調整政策とは、こうした歪みを除去し、資源配分にプライス・メカニズムを取り入れることによりSupply Responseを誘発しようとするものである。自由化、民営化を目指すものであり、いわば途上国版規制緩和と言える。

(3)政策の評価
 こうした政策の効果についてはいろいろの評価がある。2000年4月のIMFと世界銀行の年次中間総会の時、この2つの国際金融機関の存在にすら反対する大デモが、その本部のあるワシントンの街を埋め尽くした。世界銀行でこうした政策の当事者であった筆者は、Demand Controlは政権に決意と能力があれば可能であるが、Supply Responseの方には問題が多いと見る。とくに民間投資と民間貯蓄が増えないし、農業生産が増えていない。生産力を増やすためには、世界銀行の調査レポートである「東アジアの奇跡」で指摘されたように、初等・中等教育の普及や、計画を作成し執行できる有能な官僚機構の存在が必要である。

こうしたことを考えると、後発開発途上国において持続的な成長をもたらすためには、短期的な構造調整だけでなく、制度や組織などの経済や社会のシステムづくり、つまりInstitution Buildingを手がけなければならない。

 途上国に対する日本の協力の特徴は(a)資本協力、とくに贈与ではなく円借款の比率が高いこと、(b)その円借款はアジアのインフラ建設に向けられるものが多いことである。これに対し、今後伸ばしていくべき分野は資本協力よりも技術協力、とくに「人の協力」であろう。これは日本の援助に顔がないという反省からだけでなく、途上国の人々と一緒に仕事をすることによって、日本人自身が学ぶところが多いと考えるからである。とくに、途上国においてInstitution Buildingに協力することの意味は大きい。

 ガーナの大蔵大臣アドバイザーとしての私の仕事は、まずパソコンを使って国の予算モデルを作ることであった。簡単なモデルを作ることにより、予算作りを効率化した。そうしたことからガーナ政府の信頼を得て、石油製品の価格のモデルや公務員給与のモデルを作った。私にとってもガーナぐらいの規模の経済ならば、経済のアクセルを踏めば走り、ブレーキを踏めば止まる様子が手に取るように分かり、大いに勉強になった。その後、阪大に来てからも大統領に招かれ、アドバイスをするため3度ガーナに行った。私のガーナでの仕事は一種のInstitution Building であったといえよう。

 途上国に対する「人の協力」には2つのタイプがある。1つは、NGO や海外青年協力隊のように農業や教育の現場に行き、向こうの人と一緒に汗を流すことでる。もう1つは、私がガーナで行ったような政策レベルでの協力である。後者のタイプの協力を行うためには、経済学、 統計学に熟達していなければならい。善意と熱意だけではつとまらない。

 こうした政策レベルでの協力の要請は、ケニアやパプア・ニューギニアから私のところに来ていて、需要が多い。いずれネパール、ミャンマー、カンボジアなどからもそうした要請が来るだろう。

 しかし、こうしたエコノミストを送ってくれといわれて非常に困っている。それというのは、英語ができて経済学が分かり、気軽にアフリカにでも行こうという情熱のある人がなかなか見つからないからである。それは結局、日本の教育、とくに大学・大学院の問題といえる。私たちは国際的な場で活躍できる後進を育成しなければならない。大学人の責任は重い。

*この講演要旨は、講演者本人が講演の原稿をもとに作成したものです。

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