第23回OFC講演会

演題

「第三期科学技術基本計画と大学の研究動向」

開催日時/場所

平成18年5月31日(水)午後6時半~ / 大阪大学中之島センター

講師

大阪大学理事・副学長(研究推進担当) 馬越 佑吉 氏

馬越 佑吉 氏

プロフィール

  • 大阪大学工学部卒、大阪大学大学院工学研究科修士課程修了、工学博士(大阪大学)。
  • マックスプランク研究所客員研究員、ペンシルバニア大学客員研究員、大阪大学助教授、教授、工学部長・工学研究科長を経て2004年より大阪大学理事・副学長、知的財産本部長。
  • 専門は材料強度学、材料組織学および生体組織工学。宇宙航空材料から骨再生・疾患診断・治療等、多岐に渡る。
  • 粉生熱技術振興賞、村上奨励賞、日本金属学会功績賞、谷川・ハリス賞、功労賞、論文賞、日本鉄鋼協会西山記念賞、学術貢献賞、澤村論文賞等を受賞。
  • 「金属間化合物」、「金属材料学」、「材料システム学」、「金属系バイオマテリアルの基礎と応用」、「The deformation behavior of intermetallic superlattice compounds」等の著書19冊、「Electron irradiation induced crystallization of the amorphous phase in Zr-Cu based metallic glasses with various thermal stability」等の学術論文470編。
  • 日本学術会議会員、4月より日本金属学会会長。

会場風景

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講演要旨

この講演依頼を受けたとき、第三期科学技術基本計画のナノテクノロジー・材料分野のプロジェクト・チームで作業していたものですから、こういう題名を挙げました。大学がどう変わっていきつつあるかを中心に話したいと思います。
 科学技術創造立国ということで、平成7年に科学技術基本法が制定され、その具体的施策として第一期、第二期の科学技術基本計画が実施され、この4月から第三期がスタートしています。期ごとにターゲットは違いますが、非常に戦略的な予算が投入されてきています。



●科学技術基本計画が立案された経緯
 平成7年に日本学術会議が「高度研究体制の早期確立について」という要望書を出しました。当時、日本は非常に劣悪な研究環境にありました。これを改善しないと優秀な研究者は外国の大学なり研究機関に行ってしまう。国際競争力を保つため、わが国の研究費の政府負担額を対GNP比で先進国並みに引き上げなければならない。また企業と研究所、大学が調和のとれた発展をするため人的交流をする必要があることなどを要望しました。

 この要望書を出す前に日本学術会議がイギリスに視察に行っています。イギリスも当時問題がありました。大学の研究は、それが世の中で使われるかどうかなどはあまり気にせず、非常に基礎研究に力を入れていました。その結果、本来応用研究につながって産業競争力を増すはずの基礎研究が国外の応用研究に流れ出す事態がおこり、イギリスの産業競争力が落ちてきていました。これに対処すべく基礎と応用をダイレクトにつなぐことは難しかろうということで、戦略研究なるものを中間の段階の研究ジャンルとして設け、そこに政府が大量の資金を投入してやったらいいのではないかという状況を視察してまいりました。

 わが国も従来、大学では基礎研究、企業では応用実用化を念頭に資金、人的資源を投入している状況でした。この二つを直接つなぐのは難しい、それなら戦略研究を設けて、大学の先生も学問的興味ばかりにとらわれず少しは応用、実用にも配慮してほしいと。企業側もすぐ実用というのでなく、大学の先生方の学問的興味というものにも理解を示してほしいと。理解を示した方々には、政府の大型の資金を提供しましょうということになりました。このような問題も含め科学技術立国を目指しての科学技術基本計画が立案されました。

 第二期までの結果は、単純に論文数でみれば、順調に伸びてきています。政府が第二期の科学技術基本計画で指定した重点4 分野―ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料―に関しては、それなりの競争力が強化されたといえます。政府負担研究費の対GDPの比は、従来に比べれば0.6%と少し伸びてきています。



●第三期科学技術基本計画の基本理念
 第三期は、第二期までと大きく違い、「社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術」を謳っています。かなり実用といいますか、出口に配慮する傾向が見られます。これは、本来、戦略研究であるべきはずだったのが、依然として大幅な資金が基礎的な分野に注がれ、必ずしも成果が見える形にならなかった第一期、第二期までの反省です。「人材育成、競争的環境の重視~モノから人へ、機関における個人の重視」が大きな流れになっています。後で説明しますが「イノベーター日本」というのも新しい言葉で、第三期の特徴です。

 第三期の重点4分野をどうするかはずいぶん議論になりました。さまざまな問題点はあるが、5年で成果がすべて得られる状況ではないと、第二期の重点4分野を手直ししつつ、引き続きやっていくことになりました。ただ第三期の場合、大きく違うのは、重点4分野、推進4分野という領域を指定して、そこに予算と研究者を投入することには変わりないが、さらにその中で、戦略重点科学や重点研究課題などのように、特定の分野を強化し、そこに大量の資金を投入するという点で、「選択と集中」です。この中でもさらに予算規模にして 00 億円以上のものについては、「国家基幹技術」と位置づけ総合科学技術会議が直接、その進捗状況をチェックすることになりました。

 私たちが審査、立案するにあたって、まず各研究開発目標を掲げて、それを達成するための研究開発課題、重点4分野の中に指定されているさまざまな領域の個別目標に対して、最終的な目標(例えばイノベーター日本)までどの段階を経てどれに位置づけられるかを制定していきました。重要な研究開発課題の選定にあたっては、社会・国民にどのような成果を還元するのかという説明責任があるテーマでない限り、それにはあげない。それから、イノベーションを起こすには他分野との連携や融合を重視する。その中で20%以下の研究課題について、集中的に資金を投入する分野などを決める必要があります。



●現状認識
 私が関係しましたナノテクノロジー・材料分野に関しては、第二期の科学技術基本計画が果たしてどんな成果があったのか、厳密に精査しました。結果としてこういう認識です。基礎研究は、なるほど進展はみられた。しかし、これだけ多くの予算を投入しているのに、社会変革を伴うような応用への展開が必ずしも十分でない。「ナノテク・材料」分野ではなく、「ナノテク・物質」として展開したのではないか。ある応用を想定して、われわれになんらかの形で使われるというものが材料です。物質の研究は違います。酸化物超伝導の物質を見つけましたにとどまる研究ならそれは物質の研究です。それは非常に面白いものなので、基礎研究をやっている研究者が興味を持ちます。それはそれで私は正しいのだろうと思います。しかし、世の中に生かされるためには材料という観点からやらないといけない。重点4分野には、ナノテクノロジー・材料と明確に書いたわけですから、その方向で政策も決めないといけないのですが、実際はナノテクノロジー・物質に終わったのではないかが反省点です。基礎研究の段階から、どのように使われるかを想定し研究を展開しない限り、実用化、ベンチャーは難しい。



●いまなぜイノベーションか?
 イノベーションという言葉がたくさん出てきているのが今回の特徴です。なぜ「イノベーター日本」という言葉を入れたかというと、科学技術がわれわれに役立つだろうという科学の性善説が必ずしも生きていなくて、地球環境の破壊や資源の枯渇、エネルギー問題などのさまざまな問題を生み出しているのではないかという疑念がある。したがって、今までとは違うイノベーションを想定しての研究を展開しなければならないというのが総合科学技術会議の主張であり、第三期科学技術基本計画の趣旨であります。

 アメリカでは日本より先に「INNOVATE AMERICA」というのが2004年に米国競争力評議会で出されています。イノベーション、「発明と洞察力の交差点」こそが、21世紀にアメリカが成功する唯一最大の要因であると。さらに今年度はAmerican Competitiveness Initiativeというところが提言を出し、その方向で進んでいます。

 計画の中で、科学技術システムを改革しようといろいろな話が出てきました。世界トップクラスの研究拠点を30ぐらい作ったらどうかとか、産業界の参画による先端的融合領域研究拠点を形成したらどうかなど。

 文部科学省はただちに対応して、科学技術振興調整費の中で「先端融合領域イノベーション創出拠点事業」を始めました。今までの研究が必ずしも産業競争力に結びついていないという反省から、スタートの段階から大学と産業界が協力してやっていく必要があるだろうということです。真に産学協働、共に働くというプロジェクトでないといけない。科学技術のイノベーションは、歴史的にみると大体30年から40年周期ぐらいで実現しています。それを今までのプロジェクトは、3年間とか5年間です。文部科学省の懇談会等で私たちも議論しましたが、やはり10年が必要と考え、総合科学技術会議で、当初10年でやる方向で検討していましたが、最終的には最初の3年間は最高5億円くらいで行い、評価を経て次に2、3年、そこで非常に成果をあげたものは、予算を最大限投入し、最終的に10年。こういうふうになりました。

 また、いくら予算を投入しても今までの分野の延長では、イノベーションは起こらない。ある分野で非常識だと思っているものが、別の分野では常識であったり、思いもよらないような考えを導入しないといけなかったりしますから、さまざまな分野が融合する必要があります。その可能性などを議論しました。大阪大学ではワーキング・グループを作り、どんな融合分野がいいか議論しました。たとえば知的人工物、つまりロボットを作るには、従来型の情報システムでは限界があります。厳密に作動するだけではなく、人間の脳のように巧妙に柔軟に作動する情報システムを作る必要があります。今の情報システムに生命機能的な要素を入れる、情報科学と生命機能の融合です。また人工臓器の開発にも応用したいと考えております。

 それからもう一つ。科学技術振興調整費で戦略的拠点育成というのがあります。組織運営改革や新しい分野改革を行うための、年間10億円で5年間資金が投入されるプログラムです。これに東京大学が中心となり、大阪大学など日本の大学・研究機関が連携してサステイナビリティ学連携研究機構を立ち上げました。われわれの地球が持続的に発展するためにはいったい何が必要か、総合的に学術分野を連携させ、世界規模で展開するという趣旨で作られました。大阪大学の中では、工学研究科の盛岡教授が中心になって、教育関係、財務関係、経済では西條教授にもご協力いただいて、あらゆる分野の横断的な連携で壮大な構想のプロジェクトが立ち上がっています。将来、ロードマップを書いて、政府に提言するとか、それに通じた人材の育成もやろうとしております。利便性だけを追求する社会から、将来われわれの子孫が幸せに生きるための環境を保持するという形でやっていくことが必要だろうと思っております。また第三期科学技術基本計画では、スーパーカミオカンデやニュートリノなど、非常に大きな基礎研究をまかなうための設備を充実させようと推進しています。

 イノベーションを創出しようということで、知的財産戦略の強化、産学官連携の推進を図ろうとしています。文部科学省の戦略部隊、JST(科学技術振興機構)が考え出したのが、顕在化ステージと育成ステージ。顕在化ステージとは、大学で応用されるかどうかわからないが、企業サイドからみれば使える研究があるかもしれない。そんな隠れている研究を見つけ出そうという考え方です。そして育成ステージで資金を投入し、3年から5年で起業化、製品化すると。これを称してイノベーションといっています。はたしてそれがイノベーションという言葉にふさわしいのかどうかわかりませんが、とにかくやってみようと、従来の方式とは違う動きがあるということです。



●人材育成
 科学技術創造立国を実現しようとするなら、まず優れた研究者の確保が必要です。女性研究者支援モデル。社会のニーズに対応した人材養成。21世紀COEプログラムや「魅力ある大学院教育」イニシアティブ。科学技術関係人材のキャリアパス多様化推進事業など。それから理科離れを防ぐ対応策。科学技術と社会との関わりというので、博物館、未来館の事業など、こんなものが挙げられます。

 「魅力ある大学院教育」イニシアティブの事業は去年から始まっていますが、果たして教育がプロジェクトでいいのかと感じます。「モノから人へ」というときに、義務教育から高等教育に至る制度的なものを改革しない限り、抜本的な解決につながらないと思います。

 もう一つ問題なのは、科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業です。一期のときにポスドク1万人計画でポスト・ドクター(博士号を取った後の研究員)を増やしたのです。アメリカの大学では、日本のように教授、助教授、助手という講座制で研究室を持っているのではなく、だいたい助手、あるいは助教授が独立していて、その実行部隊を担っているのがポスドクなのです。だから当然、日本はアメリカに比べてポスドクが少ないのです。そのポスドクを増やしたのですが、これが自立していないので支援しようというのです。



●国立大学から「国立大学法人」へ
 平成16年から、国立大学が国立大学法人になりました。法人化になる前、“ 新しい「国立大学法人」像について” というのが出ました。競争力があって個性豊かな大学になりなさい、今まで文部科学省の丸抱えだったけど自由にやりなさいと。ただし、依然として国から運営費交付金がわれわれの給料も含めて出ているものですから、国民や地域社会に説明できるような行動をとってください。戦略的な運営をしなさいと。教員は国家公務員から非公務員になりました。また、運営費交付金は、年々1%下げていきますと。だから、外部資金がそれをカバーするような資金計画をちゃんと持ちなさいよと。これは至極当然といえば当然。これを各大学は問題にしています。しかし、旧国立大学のころの文科省丸抱えの状態と、運営費交付金が減ってもある程度の自由度を担保された状態とを天秤にかければ、われわれは自由度を担保されたというところを取るのが自然の流れだと思っています。

 ただし、従来の概算要求と同じである特別教育研究経費なるものを設けて、それを少しずつ増やしたいという目論見が文部科学省にはあります。ここは各大学にフリーに開放していて、自助努力でもってこれを取りにいくという形です。年率1%の削減をこれでカバーしてくださいと。

 ここでも状況が以前と大きく変わってきています。感染症対策、エイズやサーズなどを抜本的に解決するため、大阪大学の微生物病研究所と東京大学の医科学研究所が連携して進める。従来ではなかった組織間の連携が大学の機関の枠を超えてなされています。教育改革ではコミュニケーション・デザインセンターの設立や、経済学部では「金融と保険科学」に関する文理融合型教育プログラムの開発。この金融・保険教育センター教育事業では経済学研究科や基礎工学部、理学部など従来では考えられなかった異分野の方が連携して、18年度から発足しております。皆さん方、非常に工夫をしてチャレンジをしている。日本の欠点である縦割りの社会を打破するという意味では非常にいいことだと思います。

 知的財産権についても法人化になり大きく変わりました。従来は国への帰属か自由に良きに計らへの二つしかありませんでしたが、このうちで大学の構成員の研究に関しては、原則的には大学帰属、企業と共同の場合なら企業と共有となります。大学は、原則的には届け出て大学が保持するか、あるいは興味がなければ自由にするという形に変わりました。そのための知財関係も強化されました。私どもの大学では、知的財産本部整備事業、それから34大学の中から6大学をさらに選んだスーパー産官学連携推進事業にも採択されて、Industry on Campusという名の下に産学連携の強化策を図っております。

 産業界ではよくバリューチェーンといわれております。産業のシーズを発掘するところが必要です。その人材育成も必要です。大阪大学にはベンチャービジネスラボラトリーやスタートアップ支援室、彩都バイオインキュベーター、青い銀杏の会などシーズを順番に試行的に育てていく組織があります。

 また医学と工学というのは経営に関しては素人ですから、経済学や法学などの方々と連携する、医工経連携の拠点を作ったりしています。総合大学としての強みです。産学連携とよく世の中で言っていますから、ものすごく日本の大学は、産業界から資金が入っているように思われるかもしれません。現実にはたいしたことないです。大阪大学の場合16年度で18億円、17年度で21億円くらいです。これでも全国第三位です。外部資金の1 割にも満たない。実際の資金は、他から入ってきている。それをなんとかしようというので、たくさんの企業との連携協定を結んでいます。

 またその抜本的な改革として、この4月から共同研究講座という制度を導入しました。産業界は、基礎研究は大学でやってください、できればその部隊を大学に出したいと言っているのです。ところがこれまでは、先生あるいは先生のグループと企業が共同研究契約を結ぶだけで、大学の組織としての約束はなく、責任は個人なのです。そんな状態では危なくて大学に研究は出せません。そこで大学は組織として企業と連携、共同研究を約束する制度を作りました。従来の寄附講座より自由な形態の講座です。企業から共同研究費は出してくれる。ただし、そこで実施する研究は企業の意思を反映して、具体的には、研究の成果で特許をとる場合は、大学との共願になる。研究成果が漏れないよう、他企業と連携する場合にはその出資会社の了解なしに研究することはできない縛りを入れました。それから企業からの研究者が大学で研究員や教員になる出向制度を設けて、その専攻なり研究科なりと連携して進める。すでに三社から共同研究講座の申し込みがあり、スタートしています。



●基盤研究は産学連携で
 私個人の思いですが、この共同研究講座を設けた時、科学技術基本計画が実施されて、何が起こっているかということをよく考えてみました。特に第三期では「選択と集中」といっております。わが国の将来にとり必要な分野を指定して、そこにお金を投入しようというわけです。それはそれで私は国の政策としては正しいのであろうと思っています。しかし、その選択された分野以外がわが国の将来、あるいは現在の産業界にとって、必要ないのかというと必ずしもそうではありません。むしろ、数年後の産業競争力という意味では、これから離れている分野がかなり重要である場合があります。当然、大学の研究の成果も必要ですし、その産業を支える人材を養成する必要もあります。政府は、その必要性は認めるが、それは企業がやるべきだといって予算を投入しないわけです。そのような状況では大学あるいは公的な研究機関の研究者はそこに全力を注ぎません。特に優秀な先生ほど、この「選択と集中」で選ばれた分野に研究をシフトしていきます。もしこれがこのまま続けば、間違いなく基盤的な研究分野は崩壊するだろうと思います。8割は「選択と集中」をやれと。しかし残りの2割は基盤的な分野をやってもらわないと困る。そこは、産業界と連携してやっていただく。産業競争力を維持するのであれば、産業界の方も人材、あるいは基盤的な研究を守る協力はしてください。私たちも2割の力をそこに割きます。兼任その他、専攻単位で協力いたします。それを学生が直接やるかやらないかはそこまで強制しませんが、そこに従事している研究が、自分たちのそばで行われているということを学生は見ます。それに対してある程度、理解を示して、その分野の研究、競争力は維持されます。そういう形でやっていただきたい。これが、たぶん第三期科学技術基本計画の後半に起こっていくことだろうと思います。それに対して大阪大学としては共同研究講座制度を導入して手当てしたつもりですが、全国の大学でも手当てする必要があるだろうと考えております。それがいいのかどうかは、歴史が判断することになろうかと思います。



●大学に何を期待するか?
 発明、発見、すばらしい研究。ゼロから有を生み出すわけです。しかし、これを大学の戦略、意図的に実現することは困難です。まったく個人の資質とチャンスによります。第二期のときに50年で30人のノーベル賞学者を出すと日本は謳ったわけですが、これを計画的に実現することなどありえない。ノーベル賞は、まさに発明発見、無から有を生み出すもので、個人の資質に依存します。大多数の先生方は、研究の芽となる基礎があって、それを1から10にするのか、10から30にするのか100にするのか、そのように行っています。さらに大きな値に成長するように、私たちがそういう環境を醸成する必要がある。それが実用化であれば、産学連携の組織の整備であり、顕在化ステージという政府の方策も間違ってはいない。ここをいかに手当てするかによって、わが国の産業競争力を維持し、大学がそれにいかに貢献できるかが決まるのだろうと思います。

 では、発明、発見はどういうふうに起こるのか。よく私はジェームス・ワットの例を引きます。ジェームス・ワットが蒸気機関を発明したと思われていますが、これは発明ではなく、彼は改良しただけです。発明という意味では、1712年にトーマス・ニューコメンが最初の蒸気機関を作り出しました。しかし、熱効率が悪く広く普及することはありませんでした。これをジェームス・ワットは、回転式蒸気機関に改良したのです。50年後これが産業革命の起爆剤になったわけです。ではジェームス・ワットは何をしたのか。ニューコメンが作った蒸気機関は、どう見ても熱効率が悪くて産業には応用できない。何が問題なのか。彼はグラスゴー大学でジョセフ・ブラックという先生に熱利用の基礎を学んだのです。それで回転式の蒸気機関にすればいいということを見出したわけです。しかし資金力がなく実際に機械は作れません。それでボールマンが資金援助をしたわけです。回転式蒸気機関が実用化され、イギリスが産業革命の起点となったわけです。歴史に学ぶとよく言いますが、これがまさに物語っています。1から10にするのか、100にするのか。大切なのはここだと。大学で学んだというところ。基礎を学ばないといけない。単なる思い付きでは実用化も生まれない。資金はいま政府から潤沢に入ってきています。企業として経営するには、経営手腕などが必要ですから、経済学部の先生方やさまざまな方が協力してやっていく。そういう形でこれが成り立つということで、私たちは1から10、100になるよう、その環境を醸成する必要があります。



●新研究分野の開拓
 最後に私の経験を少しお話したいと思います。
 高温で使えるロケットの材料や、新しい超弾性合金、磁性材料の開発など金属材料の研究をしています。先ほど来、融合という言葉がありましたが、最近では歯や骨の再生も研究しております。なぜこのような異分野を開拓したかについてお話します。日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事業の中に、再生医工学分野がありました。医学、工学、理学などの異分野を結集して行うプロジェクトです。生体の組織、器官を再生し、本来の機能を回復させる再生医学を推進するのが目的ですが、それに材料を研究している私にも加わるようある委員の先生より話があり、提案しました。しかし推進委員長は体内に金属を残してもらっては困ると言われました。いろいろと悩んだ末、骨を構成するのは生体アパタイトと呼ばれる無機質のイオン結晶とコラーゲンと呼ばれる蛋白質、水分から構成される複合材料です。イオン結晶に注目して攻めよう、それならば従来の金属工学で培った結晶学が活かせる、その方針で生体組織工学を発足させることになり、これが自分の専門分野拡大につながりました。

 少なくとも今までの私の経験では、自分が意図したわけではないですが、そのプロジェクトリーダーにされて、5年間で成果を出さないといけない。しかもそのうちの3年間で中間評価がある。そういう厳しい状況でいったい何をやればいいのかということを求められた。大学に期待することは、大学にしかできない研究。これはこれでいいのだろうと思いますが、本当にイノベーションをやるからには、私は何らかの外圧が必要だろうと思っています。意識的にそれを実現するための責任感、それがプロジェクトであったり、社会の要請であったり、自分が、大学が変わったという環境であったり、そういうふうなのが必要だし、その場合には、私はそのプロジェクトをやることによって、医学部や歯学部などの従来お付き合いのなかった先生方と情報交換が生まれました。彼らにとっても私にとっても非常に新鮮でした。専攻、研究科といった組織には基盤となる学問体系があります。その基盤は維持するべきだろうと思います。その上にお互いの情報を交換する緩やかな領域設定をしていく必要がある。それから、失敗を評価する、失敗に学ぶというような姿勢が必要であると思います。厳密な評価は必要ですが、真摯にチャレンジして生まれなかった、失敗したものはそれなりの成果です。失敗を恐れていては誰も困難な問題にはチャレンジしません。できなかったというデータから新たなものが生み出される可能性がありますから、ノーならノーの結果を素直に書けばいいのです。それをやらないから、やや違ったレポートを出して世間を騒がせたり、何か虚像を作り上げることになってしまうのではないかと思います。
 私の独断と偏見で申し上げましたが、以上で講演を終わらせていただきたいと思います。こういう機会をいただきまして、ありがとうございました。

*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。

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