第36回OFC講演会

演題

「競争と公平感」

開催日時/場所

平成22年11月26日(金)午後6時半~ / 東京 学士会館2F 210号室

講師

大阪大学大学院経済学研究科 教授 大竹 文雄 氏

大竹 文雄 氏

プロフィール

  • 京都大学経済学部卒、大阪大学博士(経済学)。
  • 大阪大学経済学部助手、大阪府立大学経済学部講師、大阪大学社会経済研究所助教授を経て、2001年より現職。 この間、経済企画庁、米エール大学、英エセックス大学で客員研究員を歴任。現在、大阪大学総長補佐も兼務。
  • 専門分野は労働経済学、行動経済学。
  • 主要な著書・論文は 『日本の不平等』(サントリー学芸賞/日経・経済図書文化賞/エコノミスト賞受賞)(日本経済新聞社)、『格差と希望 誰が損をしているか?』(筑摩書房)、『競争と公平感 市場経済の本当のメリット』(中公新書)、『日本の幸福度 格差・労働・家族』大竹文雄・白石小百合・筒井義郎編著(日本評論社)。
  • 2006年日本経済学会第1回石川賞受賞、2008年日本学士院賞受賞。

講義風景

  • 会場風景
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講演要旨

 日本は資本主義の国のなかで、なぜか例外的に市場競争に対する拒否反応が強い。
 経済学の教科書に書いてあること、「市場による自由競争によって効率を高め、貧困問題はセーフティーネットによる所得再分配で解決することが望ましい」に対して、どうもこれは日本人の常識ではないようである。
 しかも近年クローズアップされている格差問題は、規制緩和によって発生したと考えている人たちが多いし、格差を解消するためには、行き過ぎた規制緩和をもとに戻すべきだというのが標準的な議論となっている。私たちは市場競争のメリットをはたして十分に理解しているのだろうか。
 いろいろな面から日本人の市場経済に対する考え方、競争嫌いの傾向が強いかどうかを分析、国際比較検討し明らかにしている。
 例えば、「貧富の差が生まれたとしても多くの人は自由な市場経済でよりよくなる」の質問に同意する人の割合が日本では半数を割っているのに、多くの国では70%前後が同意しているとか、「自立できない非常に貧しい人たちの面倒をみるのは国の責任である」に同意する人の割合も、多くの国に比べ低い。また、近年考え方が変化してきているが、「同一年齢、同一仕事の秘書で二人に能力差があれば賃金格差があるのは不公平か」に対しても不公平と考える人が多くいた。
 このように、市場主義に信頼を置かない理由として、「人生で成功するためには運やコネが大事」に同意する率がロシアを筆頭に、日本は高いグループに入ることからも読み取れる。この価値観は若いころの不況経験が影響を与えることを実証的に示す例として、ギャリアーノ氏、スピリンバーゴ氏の研究を紹介。アメリカのデータを使って、若いころに不況を経験するかどうかが、「人生の成功が努力よりも運による」と思い、「政府による再分配を支持する」が、「公的な機関に対する信頼をもたない」傾向があり、この価値観は、その後歳をとってもあまり変わらないとの結論に符合しているようだ。 世界価値観調査で、「勤勉より運・コネが大事と考える日本人の比率が、1990年、1995年は、それぞれ25.2%、20.3%に対して2005年は41.0%と増加しており、年齢層においても2005年調査で、近年の不況を経験している若年層のほうが、50歳以上の人より 運・コネが大事とする率が高い。
 この「運やコネで人生が決まる」という考えの広がりが、反市場主義をもたらす理由を考える上で参考になるのが、ジンガレス教授の研究で、市場主義が根付いてきたのはアメリカだけで、ヨーロッパでは根付かなかったと指摘、その理由を米国での資本主義の発達段階では小さな政府で、コネは重要ではなかった。大戦後発達した国では、効率性が高かったアメリカ企業の影響を逃れるためコネが重要な社会にした。マルクス主義の影響が強かった国では、市場主義と大企業主義はマルクス主義という共通の敵と戦うために団結し、市場主義と財界主導との区別があいまいであるなどを挙げている。日本では市場主義が既存大企業を保護する大企業主義と同一視されてしまい、反大企業が反市場主義になってしまったのではないかと思われる。
 また、所得格差認識の調査(大阪大学21世紀COE・パネル調査)での所得格差決定要因に関する価値観が日米どう違うかを分析し、米国では所得は学歴や才能で決まっていると考え、この決定を容認しているのに対し、日本では学歴や才能より選択や努力によるべきだと考えている人が圧倒的である。所得格差の決定要因のあるべき姿に関する価値観と実際の格差の決定要因とに乖離が生じたときに、人々は格差感を持つようだ。
 一方競争好きに男女差があるかどうかについても、先進国での実験結果で男性の方が競争的な報酬体系を好むことを紹介すると同時に、阪大生の男女での実験結果でも男性のほうが競争的な報酬体系を選ぶとの結果を報告している。この差は、生物学的な要因があるようだが、育ち(環境)が重要な要因があるのではとし、競争に対する男女で異なった態度を家庭、教育、訓練でなくすことが、男女間賃金を縮小するのに有益だと示唆している。
 さらに、教育の問題にも言及し、従来の経済学では教育の金銭的な収益率の分析や、学力やIQで計測できる認知能力を指標とした研究、学校教育や職業訓練の効果を対象にしたりしており、リーダーシップ、忍耐力などの非認知能力、価値観、文化、家庭教育などを対象にしてこなかったが、この分野での研究についてのいくつかの成果も紹介 している。

以上のような事例紹介をとおして、次のように結ぶ。
 1. 競争と再分配に対する考え方は、日本は先進国の中では少数派である。
 2. 競争に対する態度は、文化的要因と生物学的要因がある。
 3. 文化は経済パフォーマンスに影響を与える。(個人主義、公共心など)
 4. 非認知能力や価値観は、遺伝的に決定されているものだけでなく、家庭教育、社会といったものの影響を
   受けて形成されるものである。
 5. 個人や社会の価値観は、経済制度の形成に大きな影響を与えるだけでなく、経済政策の効果も価値観や
   文化に影響を受ける。

*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。

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