世界の人口予測では2050年に100億人近くと現在より35%増加する見込みだが、経済成長もあり食肉需要がさらに伸びることから飼料用穀物も含め食糧の増産は70%以上必要とみられている。また、気候変動による作物生産へのマイナスインパクトも想定され、耕地面積は横ばいとみられていることから、農作物の生産効率を上げていくことが世界的な課題である。農作物の収量向上のためには、優良な種子、効果のある農薬・肥料等の農業資材、効果的な灌漑施設等が非常に重要な役割を果たすと考えられている。
農薬産業においては、1990年代以降、バイオテクノロジー技術を用いた遺伝子組換え種子の開発・普及が進み、業界売上額の大きな部分を占めるようになってきている。具体的には2008年から2017年までの10年間で農薬の市場はUS$69.4B(1.2倍)、通常種子はUS$17.2B(1.5倍)、遺伝子組換え種子はUS$21.9B(2.5倍)と着実に成長を続けている。また医薬と同じように特許切れのジェネリック農薬も非常に増加し、全体市場の7割を占めるようになってきている。生物農薬の開発も進んでいるが、市場に占める割合はまだ5%強にとどまっている。
農薬と種子双方の事業を持つグローバル企業の統合も進み、現在はMonsantoを買収したBayer、ChemChinaに買収されたSyngenta、DowとDuPontの統合・分割で生まれたCorteva、そしてBASFがメガ4社として業界をリードしている。農薬の開発には特に毒性や環境影響評価が厳しくなる中で、11年を超す年数と1剤平均US$290M程度の開発費が必要となるため、年々新規剤の開発・上市の難度が上がっている。
研究開発面では、このような開発コストを負担できる欧米大手の優位性があるように見えるが、規模が圧倒的に小さな日本企業も大いに健闘しており、1980年から2016年までに上市された農薬の31%は日本企業の発明によるものである。また日本企業は遺伝子組換え種子事業を行っていないが、住友化学を例にとると、遺伝子組換え種子と農薬の補完性に着目し、抵抗性雑草に卓効のある除草剤を拡販するビジネスモデルを展開している。
遺伝子組換え種子については、穀物では1996年に初めて遺伝子組換えの除草剤耐性ダイズが発売された。メガ4社は全て遺伝子組換えのトウモロコシとダイズを開発・販売している。Bayer、Corteva、BASFはさらにワタ、ナタネなど幅広い遺伝子組換え作物を扱っている。また同時に、こういった会社では、ムギ類、コメや野菜・果樹については遺伝子組換え技術を用いない従来型の育種による品種開発が行われている。住友化学においても、遺伝子組換え技術を用いないコメの開発をしており、すでに業務用米として販売を開始している。
近年はゲノム編集やRNAi技術などの新たなバイオ技術を農業分野に応用する研究開発が進んでいるし、IoT・ビッグデータを活用する精密農業も内外で大きな注目を集めている。ゲノム編集については、規制やパブリックアクセプタンス等の問題があるが、より効率的に高品質の作物が生産できるというメリットも非常に大きく、農作物の生産性が大きく向上する技術として期待している。
農薬はネガティブなイメージを持たれがちだが、収量・品質を確保し食糧増産のため持続可能な農業を推進すること、単位面積当たりの収量拡大は農耕地面積の拡大を抑え結果として森林等の緑を守ること、除草作業の大幅削減等農業の省力化に大いに寄与すること、貯蔵作物での赤カビの繁殖を抑えて食中毒を防ぐ等々の貢献をしている。さらに農業の一層の生産性向上を通じてアフリカ・アジア等発展途上国の成長への貢献、一層のイノベーションの推進により環境負荷の低い農業資材の開発、森林資源・土壌の保護等にも貢献することができる。蚊によって媒介されるマラリア・デング熱等の熱帯感染症の防止にも殺虫剤は大きな役割を果たしている。
2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)の多くの目標(食糧増産、イノベーション推進、環境保全や熱帯感染症対策等)に農薬産業は貢献することができ、業界としても農薬の安全・適正使用の徹底に加えて、農業者・流通関係者・消費者等様々なステークホルダーへの広報活動や業界だけでなく国際機関等との国際連携にも注力している。
*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。