---------------------<講演要旨>---------------------
本講演で堂目先生は、自身の研究者としての歩みを振り返りつつ、アダム・スミスの経済思想を軸に、現代社会が直面する分断や排除の問題、そして「いのち」を中心に据えた新しい社会と経済のあり方を提示されました。
堂目先生はまず、自身が経済学史・経済思想史の研究者として歩んできた経験を語られました。
研究は常に苦しく、自分には才能がないのではないかと悩むこともあったが、真理を追求する営みそのものが「善にある世界」であったと思う。1996年に大阪大学に着任し、同窓会の場で「阪大経済は世界や日本を変える新しい経済哲学を生み出してほしい」という卒業生の言葉を聞いた経験は、その後の思索の原点となり、この問いに応えるため、2018年には社会ソリューションイニシアティブ(SSI)を立ち上げ、「いのち」を軸に社会課題へ向き合う実践を始めた。さらに2023年には「いのち会議」の設立に関わり、2025年10月には「いのち宣言」を発出するに至った。
アダム・スミスの思想について、以下のように解説されました。
スミスは『国富論』で「見えざる手」による市場の働きを論じたが、それは利己心が無制限に肯定されることを意味しない。市場が社会の繁栄をもたらすためには、独占や権力との癒着、偽装が排除されたフェアな競争が必要である。その前提条件を支えるのが、『道徳感情論』で論じられた「共感(シンパシー)」である。人は他者の感情に関心を向け、それを心の中に写し取ろうとする性質を持つ。こうした相互の是認と否認の経験を通じて、人は心中に「公平な観察者」を形成し、やってよいことと悪いことを判断する基準を身につけていく。この共感に基づく道徳感情こそが、法や道徳の基礎にあり、社会秩序を支えている。社会秩序とは、他人の生命・身体・財産・尊厳が侵されない状態であり、人々が無防備で安心して生きられる条件である。秩序は空気のように当たり前に感じられるが、戦争や紛争、災害の現場では容易に崩れ、その重要性が浮き彫りになる。 しかしスミスの構想には、解決されない課題が残された。 第一に、労働者が競争の外部に置かれたままでよいのかという問題である。教育や機会を通じて、誰もが競争に参加できる社会をどう実現するか。第二に、国籍や文化、宗教の違いを超えて、人間として共有される道徳や正義をいかに形成するかという問題である。国内では機能する道徳や法が、国家間では適用されず、戦争においては人を殺すことが正義とされてしまう。この分断を乗り越えるためには、特定の文化に染まらない「開かれた公平な観察者」が必要だ。
こうした問題意識を踏まえ、先生は近代社会の基本構造そのものを問い直されて、その再構築を提言されました。
近代社会では「有能な人」が中心に置かれ、生産に貢献できない人は「弱者」として周縁化されてきた。包摂とは、弱者を有能な側に引き入れる一方向的なものと理解されがちである。しかし、社会課題の現場に身を置くと、助ける側と助けられる側が助け合っていることに気づく。助けを必要とする人々の生き方や言葉が、むしろ助ける側の生を支え、勇気づけている現実があるのだ。大事なのは「助けを必要とする『いのち』を社会の中心に置く」社会像である。「いのち」には人間だけでなく、動物、自然、地球そのものも含まれる。人は誰もが潜在的に助けを必要とする存在であり、災害や新型コロナウィルス感染症が示したように、助ける側と助けられる側は容易に入れ替わる。重要なのは、すでに存在している共助の営みに気づき、それを基盤に社会を再構築することである。この考え方は、SDGsの「誰一人取り残さない」という理念や、大阪・関西万博の「いのち輝く未来社会のデザイン」とも重なる。自由や私的所有を維持しながらも、投資・労働・消費といった経済行動を通じて「いのち」を支える共感経済の可能性を示唆している。
そして最後に、先生はご自身の実践としてのSSIやいのち会議の活動内容の説明をされました。 また「いのち宣言」とアクションプランの内容と作成過程の説明をされて、万博での「いのち宣言フェスティバル」とそこでの「いのち宣言」の発出の様子を語られました。そして前アイルランド共和国大統領からの思いもかけないメッセージなど、海外からの反響についても紹介されました。
講演全体を通して、アダム・スミスの残した課題を現代に引き継ぎ、分断を超えて共感を広げることで、「いのち」を中心とした新しい社会と経済を全員の協働で構想しようという呼びかけがなされました。
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---------------------< 講演録 >---------------------
皆さんこんにちは。堂目です。よろしくお願いします。
今日はOFCということで阪大経済学部の同窓会と繋がりが深いので卒業生の方がたくさん来られているのかなという風に思います。
それで私の研究とそれから最近行った「いのち宣言」についてお話ししたいと思います。
まず先ほど紹介していただきましたけれども、資料でお配りしたように私は1988年に大学院を終了しております。
専門は経済学の歴史経済思想で色々賞もいただきました。
資料に善にある世界と書いてはありますが、研究は非常に苦しくて、寝ても覚めても研究のことで、それも単に勉強をすればいいというものではなくて、オリジナルなものを出さないといけないのですが、それがなかなか出ないのですね。だから、自分には才能がないのじゃないかとか思いました。もっとも研究者は大体そう思ってですね、苦しみながらやっているのですけれど、今振り返ってみれば本当のものを追求しているので、良い世界にいたな、善にある世界にいたなと思います。
私が阪大に来たのが1996年です。だから今年で30年目なのですね。それで、あの同窓生ではない外部の方はちょっとご存知ないかもしれませんが、宮本又郎先生が学部長の時、猪木武徳先生という有名な先生から阪大に来ないかとお誘いいただいて、決めさせいただきました。
印象残っているのが1998年にあった50周年の同窓会ですね。
阪大の経済学部ができたのが1948年なので。50周年、60周年とやって、私が学部長の時には2018年で70周年もやりました。特に50周年は私が来て2年しかたっていない時で、その時にはバブルは崩壊していたのですけど、たくさん寄付金も集まって同窓会もすごく賑やかで、リーガロイヤルホテルだったかで開催されて、名誉教授の方などもたくさん来られていました。
学部長の講演があって私は1番前で見ていただけなのですけど、私は顔も覚えてないのですけど、質疑応答の時に同窓生の方が手を上げられて、こういうことおっしゃられたのですね。
これは私はっきり覚えているのですよ。
私たちは阪大の経済学部を支えるためのお金は惜しくありません、出します。
自由に使ってください。だけど阪大の経済学部は、単に今のことだけをやるのじゃなくて、この世界や日本を変えるような、その経済を変えるような新しい経済哲学を生み出してくださいということをおっしゃったのですね。
今日来られているかどうか、その時もかなり年配の方だったので、今日は来られてないかもしれません。あるいはまあご存命なのかどうかも分からないですけど、そういう声を聞いて、私まだ若干38歳の助教授だったのですが、その時に、その通りだな、本当に新しい経済哲学を阪大の経済から出さないといけないなってことを思いました。
今日のこの話がそれに答えられるものかどうかはなはだ心もとないのですが、それはずっと思ってきました。同窓会の方がハウツーの話だけじゃなくて本当に世の中を見直すような新しい哲学を生み出して欲しいと言われたのは、本当に心からの願いだったのだなと。ですから自分の専門をやりながらも、それに答えられるようにならないと、という風にはずっと思っていました。
そのこともあって、いろんな経緯を経てですね、20年後の2018年に大阪大学にシンクタンク「社会ソリューションイニシアティブ(SSI)」というのをセンターのようなものですけど作りました。で、SSIは25年後までを視野に、命を大切にし、1人1人が輝く社会を目指し「守る、育む、繋ぐ」という視点から社会課題に取り組むものです。もう今8年目の活動になっています。
そして2023年に大阪万博が来ることが決まってからですね、一昨年、「いのち会議」というものを立ち上げました。私は立ち上がった時には副実行委員長に就任して、今は実行委員長を務めております。
2025年に宣言の発出を目指すとありますが、この10月11日に発出をいたしました。
今日はその辺りのこともお話したいと思いますが、まず私の専門のお話から始めようと思います。
そうですね、少し話を戻してみると。
苦労もしているのだけど何か真理を追求するとか、芸術を創造するとか、いい人間関係の中にいるとか、「善にある」状況にいるのではなくて、人々が、全員がそういう善なる状態にいい状態になるという「善をなす」世界の追求へと、私は2018年頃に越境したのかなという風に思います。
で、まず私の研究の話ですけども、アダム・スミスが目指した社会と残した課題についてお話ししたいと思います。
アダム・スミスの簡単な年表がありますけれども、18世紀のイギリス、と言っても実はスコットランドですけども、に生きた人です。で、何が起こったかをずっとこう見てもらうと、18世紀イギリスから最初に出てくるのは産業革命ということで、あのワットが蒸気機関を改良したとかですね、ジェニが紡績機を発明したとか、他にも出せるわけですが、やっぱり見てくと戦争をしているのですね。
イギリスの相手はフランスです。フランスと5回戦争しています。で、5回とも勝っているのですね。これで貿易権を独占していくことになるわけですね。これで良かったじゃないかというのだけれども、お金がかかるわけですね。戦争するのにお金がかかる。国債を発行したとしても利払いをしないといけないので増税する。
アメリカ植民地に増税しようとしてアメリカは反発して独立戦争になってしまった。一方フランスもお金がかかったので平民に増税すると言って、三部会を集めたらフランス学命が起こってしまった。こういう戦争の世紀をスミスは生きたと言えます。右側にスミスの経歴が簡単に書いてありますけれども1723年に生まれています。スコットランドで生まれているのですね。生涯2冊の本を書いています。
1759年の道徳感情論と1776年の国富論です。
この道徳感情論で当時のヨーロッパでスミスは有名になりました。
しかし後世までスミスの名前を残すのに貢献したのは、やはり国富論ですね。
英語で言えばウェルスオブネイションズですね。じゃあ国富論の中で1番有名な言葉は何ですかと聞いたら何でしょうか、あ、当てません。見えざる手ですね。
見えざる手を神の手いう人がいるのですが、見えざる手も国富論の中では1回しか使われていなくてしかも神の手という言葉は入っていません。見えざる手を生涯彼は3回しか使わなかったのですね。
道徳感情論で1回、国富論で1回、天文学の歴史という論文の中で1回、でその天文学の歴史の中で唯一神のという言葉がついているのですね。
それで神の手はついているのですけど、その神はゴッドではないのですね。
ゴッドじゃない。何だと思いますか、ゴッドはキリスト教の神なのですけど、スミスが使ったのはジュピテル、ジュピターですね。ユピテルの手と書いている。
ジュピターとは要するにギリシャの神ですね。それはスミスが、ギリシャ哲学のストア派に影響を受けていたからではないかと言われています。
よろしいですか。ではその見えざる手って一体何ですかと聞けば何て答えるでしょうか。
おそらくこういうイメージを持っている。それはですね、市場に参加する人々が、利己心、要するに自分の利益を最大にするようなつもりで参加したとしても市場が競争的であれば、競争の場で見えざる手が働いて、社会の繁栄を最もよく促進しますと。この市場の競争的な市場の機能のことを見えざる手とスミスは言ったと。
まあ経済学の歴史は、その見えざる手のメカニズムをずっと数理的にも実証的にも解き明かす歴史だったということもできます。
私たちは市場に参加する時に、例えば売り手として参加する場合には買い手のことを考えて売るかっていうと売らないのですね。そんなに高い値段で売ったら買い手が困るのではないか。もうちょっと安くしてあげようと思わない。できるだけ高くたくさん売りたい。
あと自分の競争相手ですね。自分ところだけ売っちゃったら、他の会社が売れなくなるのではないか。だから売るのをちょっとやめようとそういうことはしないですね。自分が1番たくさん高く売りたいと。利己心って言うか、自分の利益を最大にする。
買い手は買い手でそうですよね。こんな安く買ったらお店が成り立たないのではないか、もうちょっと高く払いますよという買い手はいないのですね。できるだけ安く自分の欲しいだけ買いたい。こんなに自分が先に買っちゃったら他の人が買えなくなるのではないかと考えながら買うという人はいないのですね。足りなくなると思ったら真っ先に買いに行くわけですよね。
だから他の人のことを考えてない自分の利益が1番最大になるようにてのが、この利己心なのですけど、そうするともう市場が大混乱してしまうのではないかと。
こう言われて、いやそうじゃないですよと。それでいいのですよと。
1番自分の利益が最大になるような行動を市場の中でしても、見えざる手が機能すれば最初から社会を豊かにしようと思う時以上に社会は豊かになりますと、こういうことを言ったっていうんですね。
で、スミスは素晴らしいという人と、こういうことを言うから強欲な経済になってしまってですね、もうこれは張本人だという非難をされる時もある。こういうイメージを持たれているわけですね。ま、確かにそういうことを国富論の中で言っているのですが、私は、実は留保条件がついていたと思っています。
それは何かというと、見えざる手が機能をするためには、今の経済学の言葉で言えば市場で価格調整メカニズムが健全に働くためには、実は競争はフェアな競争でなきゃいけない。で、フェアな競争とは何かと言うと、それはスミスによれば独占、権力との癒着それから偽装ごまかしがない。要するに売り手であれば品質のいいものをできるだけ安く届けようと、そこで勝負しようということです。1人だけ勝ち残るようなことをしたり、先に入ってきた人だけが何か団結したりですね、権力にお金渡してそういう自分有利なような法律を作ってもらうということはしないということです。
だけど利己的で自分の利益を最大にしようと思っている人がそんなことするか、フェアに競争するかと、まあ歴史を遡ってみればしてないところはたくさんあるわけです。フェアな競争をするためには、利己心とは別に道徳的な枠組みがないといけない。やっていいことと悪いことが分かっていてやって良くないと思うことは例え利益になるとしてもやらない。法律になっていればそれに引っかかるから罰せられるからやらないはあるのですが、法律になってなくてもやらない。あるいは人が見ているところでは悪い評判になるからやらないけれども、見てないところでもやらない。
これは道徳的抑制ですね。で、この道徳的抑制を私たちにもたらすものの心の働きっていうのは利己心ではなくて、利己心とは別の心の機能を私たちは持っている。それを共感と呼ぶわけです。シンパシーですね。まあ現代ではエンパシーの方が使われ、あるいはコンパッションの方がよく使われるかもしれませんが、スミスはシンパシーという言葉を使います。それは他人の感情を自分の心の中に移し、同じ感情を引き起こそうとする心の働きです。泣いている人がいたら自分も悲しくなる。喜んでいる人がいたらなんかウキウキすると、怒っている人がいたら、一緒に怒るかどうか状況次第ですけれども、他人との感情と同じ感情を引き起こそうとする。引き起こせるかどうか分からないけども、そういう心の傾向、能力を持っているというわけです。
ま、これが道徳的な抑制を起こしてですね、そして独占、権力との癒着などを防ぎ、競争をフェアにするというわけです。それで社会の繁栄をもたらす。実は社会の繁栄だけではなくて、社会の繁栄以上に大事なものの基礎にもなっているとわけですね。それが社会の秩序で、秩序というのは、他人の生命、身体、財産、尊厳を損なわない状態ですね。一言いえば正義が成り立っている状態です。
今この部屋がそうなっているわけです。今そうですよね。他人の生命身体財産を犯し合う状態じゃないですね。あの隣の人がなんかちょっと持っていちゃうとか、なんか襲いかかってくるとは全く思ってないですね。完全に無防備ですよね。皆さんこっちを向いていますよね。自分の方を見てないですよね。無防備になれる。これが安心安全なのですね。
できてしまえば当たり前なのですが、これが崩れると大変なことになります。例えばガザでもウクライナでも難民施設でそうですけど、極限状態だと、いつ攻めてくるか分からない。子供は1人で歩いちゃいけない。物をいつもってかれるかわからない。もうピリピリしていないといけない。
これが、秩序がなくなる状態です。だから秩序はできてしまえば当たり前の空気みたいなものになるのですが、秩序は崩れると、私たちは息できなくなるというほど大事なもので、繁栄以前に私たちが生きていくためには必要なものです。その根底には実は共感という能力があるというのはスミスの非常に重要な議論で、それが道徳感情論で展開されます。共感を基礎とする社会秩序。共感からどうやって社会ができるかは、説明すると非常に時間かかってしまうので、今日は本当に簡単にしか示してないのですけども、まず私たちは他人に関心を持っていること。
これが大前提です。持てないような時もありますけど、基本的に他人に関心を持っている。泣いている人がいたらどうしたのだろうと。笑っている集団がいたら何かあったのだろうかと。電車の中でなんか怒っている人がいたら怖いですけどもな、なんで怒っているだろう、こう関心を持つわけですね。関心を持った方が得だから関心を持つのではないですね。関心を持たない方が得かもしれないのに、わざわざ関心を持つのですね。だから損得でやっているのではないのですね。そういう性質を持っている、傾向を持っているってことです。
どうしてかなと、やっぱり思っちゃうのですね。
で、分かってくる。お葬式に行けばどうしてかなって分かりますよね。
お父さんが亡くなった、お母さんが亡くなった、どういう人だったかということは弔辞とかいろんなことで分かるわけですね。そうするとその立場に立つのですね。
もしも自分がそういう状況にあったらどうしただろうか、過去にそういう経験してればそのことを思い出すわけですね。どういう風な感じを持つだろうか、きっと悲しいだろうとかですね。そういうことを想像する。遺族が、残った家族が泣いている。
ああ、それ私もそういう気持ちになりますよと言って認めるわけですね。こういうことをやっています。
で、楽しいことも不幸も同じようなことをします。
私もそういう行いをします、あるいは私だったらしません。認めたり認めなかったりです。で、そういうことやっているうちに他人もですね、自分に関心を持つことを知ります。自分が表している感情と行っている行為を見ている人からの、そうだねという是認が伝わったり、そうは思わないとかの否認がですね。いろんなものが返ってきます。
で、他人はたくさんいるので、一体誰の是認を得られれば、私が今持っている感情あるいは今行っている行動が適切だと、それでいいという風に言えるのだろか。私たちは安心を得るために、心の平静を得るためにそれを探すわけですね。誰それは何やっても言いそうだねって、ま、言わないかもしれませんけどね。友達はそうだねっていう。敵対している人は何やってもダメ。違うと。で、嫌いな人は自分と喧嘩した人は何やっても認めてくれない。そうだと分かっていても不安になる。
一方で私たちもそのような行動を取るでしょうと言ってくれれば安心かっていうと、親でも兄弟でも姉妹でもないし、敵対しているわけでもない、中立的な立場にある人、私に特定の関心を持たない人が、私の今の立場に立ったら同じ感情を抱いて同じ行動をしますよと言ってくれたら、この社会の中で、私は常識的にですね、常識人として生きていけると安心する。
こういう経験を経て、胸中に公平な観察者を誰もが形成していくとで、やっていいことと悪いこと、他人の生命身体財産尊厳をどれくらい侵害しちゃいけないのかということ。またそこから始まって慣習ですね。親は子供にどうすべきであるか、子供は親にどうすべきであるか、先生は学生にどう接するべきか、学生は先生にどう礼儀正しくするのかしないのか、男性女性の関係はどうなるのかというありとあらゆる、ま、善悪と言いますか、社会の基準っていうものを公平な観察者を通じて、私たちは学び取っていくことになります。
で、その中の特に大事なものは言葉にされて道徳律になったり、正義に関して、他人の生命身体財産尊厳を傷つけない、そして傷つけた場合にはどうするかというようものに関しては法になったりしていきます。道徳律や法、特に法に関しては、私たちは一旦ルール化されたら、守らなければならないという義務の感覚を持つようになる。この道徳律、特に法は守らなければならないという義務の感覚を持つことによって秩序ある社会ですね、私たちが無防備でいられる状態というものができるというわけです。
で、最後の段階ですね、何か道徳律、嘘をついちゃいけません。人を傷つけちゃいけませんね。困っていた人がいたら助けましょうねと。こういう教科書に出てくるような文章を書いていく、あるいは法律を作っていくのは理性の役割のように見えます。
理性っていうのは正三角形を思い浮かべる能力のようなものだという風にヒュームは言うわけですね。正三角形を見たことないのに、これは正三角形ですかと問われてイエスと答えられるわけですね。答えられますよね。だけど正確な正三角形は見たことはないですよね。正三角形とは何かと教科書には載っています。それを理解すると正確には正三角形ではないものでも正三角形だと判断する。
同様にある事柄が道徳に反しているのか、反してないのかというのを、文章を作ってルール化するのは理性の働きです。そしてルールは大事だと考える。これも理性の働きだということですから、社会秩序は理性によって成り立っていますというわけですね。
これカントなんかそういうこと言うわけです。けれどもスミスはこれをもう一歩前まで遡っていくと、その最初の根源は理性ではなくて共感であると、共感のプロセスを経て社会秩序が成り立っているのだ、もっと言えば感情が社会秩序の本当の基礎起源であると、スミスは考えるわけです。ですから彼のタイトルは道徳理性論ではなくて道徳感情論ということになります。
で、これが社会秩序のイメージなのですね。スミスがおそらく抱いていた社会。これをひとつの社会だとします。ひとつの国という風に考えてもいいかもしれません。で、私たちが生まれた時にはもう公平な観察者はいるのですね。法もあるし、道徳律もあるわけですね。当たり前と言われるものがあるのですね。まあ時代によって少しずつ変わっていくのですけれども、日本なら日本の観察者がいて、日本の常識があって、日本の法律があって、道徳がある。
私たちはそこに生まれてくるわけですね。で、生まれてきたらこの赤色を私たちは引き継いでいく、あ、この赤色ってのは文化と伝統のことです。日本には日本の善悪の伝統がありますと、常識がありますとですね。他の国は他の国のやっぱり伝統と文化と場合によって宗教も影響するかもしれないだろ色に染まってです。
で、私たちはですね、こうやってプロセスを経て自分の中に公平な観察者を作っていくプロセスの中でこの色に染まるのですね。みんな赤色になってくるのですね。
今日は全員日本の方ですかね。個性ありますよと人によって公平な観察違いますよと。正義と言ってもやっぱり違いますよと。それで礼儀正しさって全然違うから礼儀知らずみたいなのがいるわけです。違うことをですね、色を変えてみます。オレンジ色っぽい人とピンク色っぽい人となんかちょっと違う色。色合ちょっと違うのです。だけど遠から見たら赤なのです。
大体同じようなことをやって、いいことと悪いことは大体似て、ま、もちろん個人によって違う。個人によって公平な関しは若干違うけど基本的な色は赤ということです。
で、これをベースにして、今度は経済の話ですけども、スミスが、今度は国富論で、目指した社会っていうのはフェアな競争社会で、ひとつの国だとします。国の中は先ほど言ったように赤い公平な観察者をみんなこう受け入れていて、やっていいことと悪いことをちゃんと分かっていて、見られていなくてもやらないというのが、一応は成り立っていると。
で、その中で、社会で、本当は三階級ですが、これ二階級しか書いていませんが、資本家と労働者と本当は地主がいるんですけど、ま、地主はちょっと今回無視してですね、資本家は労働者を雇用する元手としての資本を持っている人。労働者は何も持ってない。自分の労働力しか持ってない。そして仕事が降ってくるのを待つしかない人ですね。
で、人口の90%から95%は労働者でした。18世紀。だから5%から10%の人が雇用主になって事業を拡大することができる、雇用することができる人たちで、フェアな競争っていうのはこの人たちのこと言っているわけですね。競争をこの資本家がしていくことによって、資本が最も有効に使われて、そして最も早く蓄積されていく。それが経済成長につがっていく、雇用の増大につがっていく。そうすると外で待っているしかなかった労働者たちにですね、雇用が振り注いでいきますと。そしてここでの競争を司さるのが見えざる手と。待っている人にとっては救いの手になるという、まあ、こういう社会ですね。
で、これはこういうことを目指そうと言ったってことは当時そうなってなかったということで、それを重商主義という風に呼んでいるのですが、先ほどの独占、その典型は東インド会社で、結託もあった。権力との癒着もちろんあった。欺瞞もあった。ま、これが18世紀重商主義の経済だったわけです。
ですからスミスの提案は、国富論の提案は斬新だったのですね。そう成り立ってなかったものを、もうちょっとちゃんとフェアに競争しましょうという、ま、こういうこと言ったわけです。
ですが、見てれば分かる、これでいいのかと。じゃあ、今実現しているかどうか別としてフェアな競争が今成り立っているかどうか、独占がないのかとか結託がないのかって、それありますけども、なかったとしてもこれでいいのかと、これ良くないですよね。まだ改善の余地ありますよね。
だからスミスの残した課題というのは何かと言うと、何でしょうか。労働者で生まれたら労働者のままでいてですね、仕事が降ってくるのを待つしかない。
それでいいのか。やっぱり労働者もちゃんとこの競争のプロセスの中に入って、頑張れば資本家になって自分で事業を起こせるようにならないといけないのではないかと当然思いますよね。これはスミスが残した課題の1つです。
労働者はもっとインクルージョンされて競争のプロセスの中にあるべきではないか。当時はまだ学校も普通教育がありませんでしたから、労働者もちゃんと教育を受けて、なんとかスタートライン立てるようにすべきではないかというのが1つです。
でもう1つあるのですね。これは一国の中ではこういう秩序が成り立っていて、そのフェアプレイをですね、フェアな競争をこうやっていきましょう。そうすると市場でいかに利己心に基づいて行動したとしても、富が最大になり社会が繁栄しますよと。それで労働者がちゃんと雇用されますよと。
一国の中ではこういう公平な観察者を使って秩序を作るのでいいのだけど、隣にもう1つ国があるのですね。別の国があるのですね。それ青色なのですよ。
青色な公平な観察者を持って、青色の伝統や文化や場合によって宗教に染まった公平な観察者があって、そこで生まれているわけですね。
私たちどこの国で生まれるか選んでないのですよね。何国人とか言うけど、みんな選んでないのですよ。日本人なることなんか選んでこの世に出てきたわけではないのです。生まれたら日本人だった、この時代だったというので、そういう意味では私たち最初から決めれた存在なわけです。
平和な社会で豊かな社会に生きるのに値する自分だったからこの社会に生まれたというわけじゃなくて、ともかくこう生まれ落ちて、そしてその時代のその国の公平な観察者の道徳を受け取るしかないのですね。染まるのですね。ここで生活してれば染まっていく。
その中で秩序が保たれているのはいいのだけれども、じゃあこの間ではどうなのだ、遠ければ地球の裏側だったら会うことはないのですけど、隣だったらここで会うわけですね。
この間にですね、領土があったりする、領海があったりする、資源があったりして奪いあいとなることもあるだろう。こちらはこちらの公平な観察者で考えるし、あちらはあちらの公平な観察者で考えるとで、赤と青が正義に関して全く同じだったら問題ないですが、正義に関して考え方が違っていたどうなるんだ、どっちの法律で裁くのですか。どっちの常識で裁くのですか。どっちの道徳で裁くのですか。この問題があります。
赤と青の道徳基準が同じなのかそうでないのか、もっと大事なこともあります。同じだったとしても赤が一旦こう戦争を始めたり紛争したりすると、こちらの国民つまり内側に対して適用する道徳あるいは正義を、敵国になった人には使わない。青もこちらの同胞人だったら正義は守るけれども敵国になった人には守らないと。で、これが戦争ですよ。戦争は人を殺すわけ。国が殺してこいってわけですよ。
武器を持たせて殺してくることが正義ですと言って送り出すわけです。それを国内の人に向けてやったら罰せられるわけですね。国内の人にやったら罰すると言われることを敵国に対してはやることが正義だと。これは戦争なので、戦争が正義かどうは非常に難しい議論になりますけども、広く見たらやっぱり同じ人間であればやっていいことと悪いことがちゃんとあるのに、やっては良くないとされていることを、正義の道徳を使わないで青色組にはやるということがあります。実際イギリスはフランスと5回戦争して、ずっと戦争してるわけですね。
で、スミスはですね、この問題を解かないといけない、解決しないといけない。
だから青色でも赤色でもない白色のですね、どんな文化伝統にも染まっていない開かれた公平な観察者を見つけないといけないと。これがですね、道徳感情論と国富論を通じたスミスの最終的な課題です。
スミスはそれに答えは与えてないのですね。ウェルスオブネイションズという、ネイションズが複数になっているのは国と国をなんとか平和についでいくような商業的な富のあり方という風に解釈できるのじゃないかっていうのが私の解釈なのですね。だからなんでネイションズになっているのだ、いろんな解釈があるのですけれども、ネイションはどこまでがネイションなのかとかですね、いろんな議論があるのですが、少なくと一国だけが良くなればいいんじゃなくて、ネイションズと言っている時には国と国がみんな豊かになりながらみんなそれで繋がっていく。戦争なんていうのはもうやりたくないと。
しかも付き合っていれば、商人たちは付き合っているわけですよね。なぜなら売りと買いをちゃんとやりますから。必ず信用が必要なので、何国人だから信用ならないってことは実はない。それを言ったら商売にならないので、商人たちは信用し合っている。それをベースにやっぱり開かれた公平な観察者を作りましょうというのがスミスの残した課題だと思います。
ですからまとめると、競争に参加できない人々を包摂するということと、国や民族文化や宗教の違いを乗り越えて道徳を共有すること、これが残した課題だと思います。
これ一言で言えば、いかにして分断を乗り越えて共感を広げ開かれた公平な観察をして、A国でもB国でも青は青、人間としてやっていいことと悪いことの道徳の基準というものを見つけることで、私たちそれまだ見つけてないのですね。
国際法ありますけど、まだ途中のものですよね。
最終的に、まあ、自然的正義という風にいう風にスミスは呼んでいますが、それはまだ見つけていません。これどう形成するかということです。
で、これをスミス以降の後経済学者は無視してきたわけじゃなくて、これを引き継いています。J.S.ミルとかですね。ある意味ケインズもそうです。それからアマルティア・センもそうです。
私の経済学史という講義では、こういう視点から経済学の歴史を30回の4単位でやるのですけれども、単に経済理論がどう変わったか、見えざる手の数理的なモデルがどう変わっていったか、一般均衡理論、ゲーム理論が入ってどうなったか、そういうことも話をしないわけではないのですが、むしろ中心は、このスミスが残した課題を後の経済学者はどう向き合ったか、どこまでやれたのかということを講義してまいりました。
で、今日はそれをやるとですね、もう全然時間がないので、そこから得られた、結論と言いますか、今の私の結論はこうなのですね。
結局この300年ぐらいの近代というのはどういう社会だったか、あるいは社会を私たちはどう見るようになってきたかと言うと、まずこれなのですね、近代社会の基本構造というのは、有能な人が真ん中にいるのですね。
有能な、英語で言えばケイパブルとかエイブルとかコンピテントとか色々言うのですが、これアマルティア・センの言葉を使うとケイパブルできる人で、この意味は財サービス知識の生産に貢献できる人を指すのですが、このできる人を有能な人と言うのは当たり前でしょうと思うけど、ちゃんと文化人類学を勉強すればですね、そう当たり前でもないのですね。
例えば古代のギリシャの都市国家では生産は奴隷が行っていて市民は生産活動をしないですね。それから日本でも江戸時代は士農工商と、まあ、武士が1番一応上になっています。
生産に貢献する人が社会の真ん中にいて、できる人と言われて尊敬されるというのはやっぱりこの近代の特徴の1つだと思います。
で、できない人っていうのは、子供はまだできない、高齢者はもうできない。障害や難病を抱えている人はそもそもできない。外国籍の人もできないと。こういう人たちのことを何と呼んでいるかって言うと、インケーパブルとは呼ばないで、できない人とは呼ばないで弱者と呼んできました。英語ではバルネラブル、社会的弱者であればソーシャリーバルネラブルと呼んでいます。
やっぱりどう見ても社会の周辺に追いやられている。真ん中にはいないですね。放っておかれるわけではなくて、有能な人が生産する財サービス知識を分配してもらう人ですね。分配してあげる人ともらう人がいて、それから昨今は包摂インクルージョンという言葉が使われていますが、とてもいいことだと思うのですが、誰が誰に包摂されるかはっきりしています。
それは弱者が有能な人に包摂される。有能な人は何も変わらなくていいのです。今のままでいいのです。立派なのですよ。こう立派な人たちの仲間入りをさせてあげる。
障害者も頑張れば障害者雇用で雇ってあげる。子供は立派な大人になるように教育してあげる。で、高齢者もなるべく認知ならないで最後まで貢献してくださいねという風に、青色を真ん中に置いて黄色の人たちを青色の仲間に引き入れていく。これは今の社会で私たちが使っている包摂なんですね。
で、これ近代のやっぱり300年ぐらいで作ってきたと思います。私はですね、新しい社会を考える上でここから考え直していかないといけないんじゃないかと思うようになりました。
まあ、研究だけじゃなくて、いろんな経験を経てですね、いろんな人たち会うことになって、やはりここから直していかないと、という思いになりました。
その時に、弱者と呼んできたのだけども、弱者が有能な人から一方的に助けられるだけの人かということを問うようになりました。
実は、特にSSI社会ソリューションイニシアティブを始めて、いろんな社会課題の現場に出かけていったり、社会課題の現場に接している人たちにここに来てもらったりする中で分かってきたことがあるのです。ケイパブルな人、あのできる人っていうよりも助ける人ですね。助ける機会を持っている人。それからバルネラブルっていうのは助けを必要とする人。弱者と呼ばないで何らか、病気であるとか障害であるとか被災したとか難民になったとかで助けを必要とする人との間の関係は一方通行ではなくて、もちろん財サービスの支援をするわけです。
けれども、ちゃんと接するとですね、助ける方で頑張っている人は、やっぱり弱者になっちゃいけないんだ、助けられたら終わりなんだ、今活躍しているけども、高齢化したり病気になったりしたらダメなんだ、負けちゃあダメなんだと、ずっとこうある、なっちゃいけないんだと。ああなったら嫌だとこう思ってる。その心の壁を持ってそこから必死に自分を逃れようとしてる。そうしてるうちに一生終わっちゃうんですね。最後は絶対弱くなるんですよ。最後は絶対みんな死んじゃうわけですから。まあ、最後はこうなるのにそれをずっと恐れながら生きていると。
実際に接してみると、むしろ助けを必要とする人の方が一生懸命生きていたり、生き生きと生きていたりするわけですね。で、そういう人からむしろ助けてもらいましたという声をよく聞きますので、事実は双方向の助け合いってものが助ける人と助けを必要とする人の間にあるんじゃないかということに気づきました。
ですから目指したい社会、現時点で私が目指したい社会はこういった社会です。これは助けを必要とする「いのち」を社会の真ん中に置きましょうと。脆弱な状態の「いのち」としたのは実は助けを必要としているのは人間だけではなくて動物であるとか植物であるとか、地球自身もそうだ。「いのち」という日本語はそういうのを含むことができますから、「いのち」って言った時に私たちは人間だけを想定しない。そういう言葉なので助けを必要とする「いのち」と。
で、青色は真ん中に陣取っていて、自分たちみたいになれよというのじゃなくて、むしろ周辺に一旦退いて、そしてそこから助けを必要とする「いのち」に包摂され、助ける側が、助けられる側に包摂される、その立場に立ってみる、接してみる。それで、そこから何か気づきを得ていく、そういう人たちから助けてもらう。また、こういうような共助の関係を結んでいくという、双方向が必要ではないかと。
それからこの青色の回転があります。これは青色から黄色への矢印っていうのは、昨日まで助ける側にいると思っていた。健康である、家がある、財産がある、ポジションがあると何かあったら助けようと思っていた人が今日突然、助けを必要とするようになった。
これをもうこの3年半ですかね、新型コロナウイルス感染症で私たちは世界同時に経験しました。で、新型コロナウイルス感染症だけじゃなくて、この度のあの石川の震災もそうです。
けれども昨日まで普通の生活があるわけ。何かあったら社会に貢献しようと思っている人たちが、家を失ってですね、家族を失って、避難所で暮らしているわけですね。それからガザでもウクライナでもそうです。
普通の生活があったのですね。何かあったら貢献できるような人たちが、今、難民生活をしいてる。
だからもう青から黄色っていうことはいとも簡単に起こる、そういう意味で私たちは潜在的にはですね、みんな助けを必要とする「いのち」なのですね。先のこと分からないですから黄色から青色への矢印っていうのもあるのです。
それで、忘れがちですけども、助けられた人が今度は助けに回る。
今年阪神淡路大震災30年なのですけど、大阪大学の渥美先生も被災されて、それをベースに人間科学研究科人間科学部でですね、被災の問題をずっとやっておられて、東日本大震災の時も学生と一緒に出かけられています、そういう渥美先生と語り合っていますが、被災したりなんかする時に1万人死にましたとかなんか数字で全部合わされちゃうんですけど、1万人死んだら1万通りのですね、物語がある。1万だけじゃなくて、その家族も含めたらさらにたくさんの物語がある。
何人が死んだとか、何人が怪我したとか、何件潰れたじゃなくてありとあらゆる物語があって、震災が復興したとしてもその物語を1人ずつ生きていかなければいけないですね。家族を助けられた人、助けられなかった人、見捨てたのじゃないかと思っているような人はそれをずっと引きずって生きてかないといけない。
そう語り合っているのですけども、そのことを、これは主に人間科学部ですけども、先生方が研究されています。
私もそのことを書いた本を頂いたり、現場にスタディツアなんか行って話を聞いたりしております。
そうするとやっぱりこの3.11の時にですね、関西から相当のボランティアが出かけていって助けてるんですよね。それは阪神淡大震災で被災した人が助けに回る。やっぱり1番気持ちが分かるわけですね。
で、もうここで生きていけないという人を頑張って生きて行っていいんだよということをちゃんと語ってるわけですね。それで、あなたのおかげでちょっとできる気持ちになってきたと、こういうようなもう返事もらってるんですね。そうすると助けに行った人が助けられるということが起こっています。
だから、私は、この助け合いの世界が全然ないので助け合いましょうと言ってるのではなくて、既にあるので、それにみんながもっと気がついて、それをベースに社会を作り直していきましょうということを申し上げているわけです。
世界もですね、そのことに気づいて、こういった世界を作っていこうというその方向に舵を切っているという風に思います。その1つの象徴的なものがSDGsですね。
国連が2015年に採択したもので2030年がターゲットで達成率18%
今逆風が吹いている、あんなものもうやなくていいのじゃないか。
国連に対してもそうですよね。あんなのあったって意味がないだろうと。こう批判することは簡単なんですけど、私は、それがなかったらどうなってると思いますかということをいつも、まあ、言っててるわけです。
SDGsは何て言ってるかっていうと、誰1人取り残さないって言ってるわけです。ということは取り残されている人を中心に考えましょうと言ってることではないですか。
人だけではなくてやっぱり自然もそうですけども取り残されてる「いのち」、人と自然とのことを考えましょうという風に訴えているのが、あるいは世界が約束したのがSDGsだと思っております。この度の万博もですね、テーマは命輝く未来社会のデザインということを唱っているわけで、それは、輝き切れない輝きをはばまれている命というところからまず見ていきましょうという、まあ、こういうグローバルなイベントだったのではないかという風に思っております。
この後からは私の経済論になるわけですけども、この共助社会を支えていく経済っていうのはどういうものであるのかと。こういうことを言うとですね、企業は営利活動しなきゃいけないのに、助けを必要とする命とか、弱者をこう真ん中に置いてとか、そんなわけにいかないでしょうと。
やっぱり青色を真ん中置いて、有能な人が頑張ってイノベーションを起こしていかないといけないから、こういうことはやっぱ社会主義にならないとできないじゃないかと、要するに全部国有化してですね国が全部計画立てて、あるいは地方にはそういうもののブランチを作ってですね、1番弱い人のところにも財が行くように全部コントロールされた統制経済じゃないとダメなんじゃないか。堂目先生はそういうこと考えてるんですかと言われます。
私は、なんとか今の私的所有ですね。資本も何もかも個人が所有できる私的所有を認めながら、また選択の自由ですね。どこで働いてもいい、どんな起業をしてもいい、何を買ってもいいと、まあ、こういう自由な、しかもそれを監視されていない、いろんな国や権力がそういうことに口を出さないというような自由を維持しながら、共助社会というのは作れるんじゃないかという風に思っております。
それを共感経済と呼んでるわけですが、まあ実は、スミスの残した課題を引き継いでいるわけです、
それから経済には民間経済以外に、公共経済と連帯経済があります。民間経済は日本の場合は70%ですかね。ほとんど民間資金で活動しています。
助ける側には3つの組織があって、左から中央政府と地方政府、真ん中に民間企業、あとは中間組織あるいは中間支援組織NPO、NGO、大学もこん中に入ると私は思ってますが、これらが連携しながら支えるのですね。
民間経済の場合は中心になるのは民間資金で、命を支える財サービスを生産する、社員をちゃんと雇う、近隣付近の住民にも環境を汚さないようにする、あるいは下請けとか色々あるわけです。ちゃんとした取引をすることで支えることができます。
その民間資金を支える主体は何か、どういう人たちがいるかっていうと、1つは投資家なんですね。
投資家が民間資金用に融資するわけですね。お金を貸すわけですけれども、何を基準に融資するかというと、もちろん、収益率高いところに融資したいと。まあ、それはそうなんですけれども、それだけではなくて、民間資金はどれくらいこの命というものを支えようとしているか、もしもこれが見えれば、あるいは評価できれば、こういう評価に基づいて優先的に、命を支えてる企業に融資する。
このESG投資というのは実際にもう存在しています。それから労働者はどうかというと、例えば阪大の卒業生がですね、どういうところに就職するのかという時に、初任給が良くて長持ちそうだというだけじゃなくて、やっぱり本当にその企業がどんな支えをしてるのかということが分かれば、そういうところに多少給料の低くくてもですね、行こうとする学生さんが出てくるだろうと。これエシカル就活と呼ばれているのですね。
それから最後は消費者ですね。私たちは何を買うか、それ安くていいもの買いたいと、従来はそうなんですが、いや、それだけじゃなくてその商品がですね、どういうサプライチェーンを通ってきて、どういう履歴を持って出てきているのか、自然に対してどれくらい負荷がかかっているのか、かかっていないのか、ゴミに関してはゴミ削減のためにどういうことをその会社がやっているのか、プラスチックにしてはどうなのかということが分かればですね、その全部コストになっていきますから対応すると多少高くなりますが、それても買いますよという消費者が出てくれて、頑張ってる企業が生き残る確率が増えるということになります。
これは倫理的消費という風に呼ばれているもので、まだまだ割合は低いかもしれませんが、こういうところが増えてくれば、何も社会主義にならなくても、重要な選択について、ただ選択する事に個々が責任さえ持てば、この消費者、労働者、投資者が責任を持てば、あるそういう意識に立てば、あるいはそういう知識を持てば、資本主義って言いますかね、自由経済を維持しながら共助社会を維持することができるんじゃないかということで、社会ソリューションイニシアティブはですね、こういうことを目指して共感経済ですけども、その支えを見える化する可視化するプロジェクトを立ち上げています。
この会場におられる伊藤先生がそのプロジェクトリーダーでアプリなんかも開発されています。
またいつか発表してくれると思いますが、ある程度公表できるようなところまで来ています。あとは公共経済ですね。経済は何も民間企業だけじゃなくて中央地方政府が支えるいる部分もあります。パブリックエコノミーです。
けれども、誰によって支えられているかと言うと納税者です。まあ、選択の余地なしに税金は徴収されるわけですが、納税者の責任っていうのは税金を収めて終わりではなくて、その税金がどういう風に使われているのかということをモニターするとか、オンブツマンになって本当に足りてるのか、うまく使えてるのか、ボランティアとか追加のものはいらないのかってことをですね、この責任は納税者が持つと、まあ、これはデモクラシーの問題なんですけれども、こういう貢献が今求められてるのではないかと思います。
で、最後にこう連帯経済ですね、中間組織などもですね、市場でちゃんとしたサービスも通じてですね、命を支えるってことができるのではないか。
でそれを支えているのは市民ですね。ボランティアであるとか寄付などによって支えられている。イタリアはですね、GDPの10%近くを中間組織が担っているという風に言われています。日本は計算の仕方によりますが、僕は私が調べたところでは1%行っていない、もう少し日本のNPO、NGOが、やっているかもしれませんけれども、財サービスの生産に踏み込んいいのじゃないか、日本の課題としてあるのではないかという風に思います。
今配っていただいている紙ですが、これ何なのかって言うとですね、この長方形ありますよね。これをハサミで切って上の辺と下の辺をこう繋いでみると、あ、今ありますかね。はい。あの、これをやると何が分かってくるかっていうと1つの筒になるんです。
投資家も労働者も消費者も大事なことは何ですかと言うと、それは命なのですね。ぐるっとこう1回転させるとこの筋は命だということになります。
この体系一体何かっていうと命が命を支えているいうことです。命が労働者なったり投資家になったり消費者になったりして命を支えている。命が納税者という形になって自分たち命を支えている。命が市民として、中間組織を通じて命を支えてるということになりますから、結局私たちに必要なのは自分たちの命ですね、自分たちで守る、私たちの命は私たちで守るという、そういう広い意味で、自己責任を取っていく。自己責任というのは、あなたのせいだからあなたの勝手にしろという自己責任じゃなくて、自分たちに命の責任を、企業を使って、政府を使って、あるいは中間組織を使って、支えていくという意識が求められるのではないかという風に思います。
ここまでは理念的な話、歴史的な話で、それはいいかもしれないけど、それでは、どうやってこれを実践してくのだ、どうやって形にしてくのかと、どうやってムーブメントにしてくのかという課題が残っています。
ですから前半の話ではここまでが善にあると言います。
私が研究してきたことなのですが、それをどう実際実践に移していくのかっていうのを残りの時間でお話したい、今どんな途上にあるのかということをお話ししたいと思います。
私の実践ですね。こういったことを目指しながらどういう実践をこの8年間してきたかということです。
1つは社会ソリューションインシアティブですね。これを8年前に、立ち上げました。
まあ、これ立ち上げたいきさつは色々あるのですね。あの、今回の国際卓越大学では阪大はちょっと残念だったのですけども、まあ指定国立大学の応募とか色々、文科省がこう提示してくるものに対して大阪大学がこうこうしますって計画を立てていく中で、やっぱり人文学社会科学関係も社会との共創コクリエーションというものに参加していく、まあ自然科学はですね、AIだとか再生医療とかいろんなことで貢献できるんだけども、哲学とか歴史とか、経済学、政治学、教育学とか、こういったものもですね、あまり内向きにならないで、自分だけやるんじゃなくて、横に開いて、横に開くだけじゃなくて社会にも開いて社会の人たちと一緒になってですね、社会課題に向き合っていくということも必要だということですね。
私が経済学部長の時に、自身がそうあらねばならないなという風に思ってですね。当時の総長に、申し上げてこういうセンターを作らせてくださいと言って文系の他の学部長さんも集まってもらって、そして一緒に立ち上げてきたものです。
何をやってきたかというとですね、キーワードを「いのち」にしたんですね。あの、万博に合わせてじゃないんです。万博の来る前にもう2010年、6年ぐらい前にやりました。
これウエルビーイングでも良かったですし、自由でも良かったし、人権でも平等でも良かったんです。
けれどやっぱり命がこれからちょっとないがしろにされる時代が来るんじゃないかなということを、コロナもウクライナもある前ですけど、やっぱり命がなんか浮かんでですね、命をキーワードして、守る、はぐくむ、つなぐということを理念にしましょう。ベースにしましょう。
で、それからやってきたことは、まず場を作ることでこれは研究者、学生、企業、政府、自治体、もうみんながこう集まるような場を作ろうということでサロンをやってきました。
それから個別に集まりたい時もあるだろうっていうので、企業の人だけ集まる場、車座の会、政府自治体の人だけ集まる場とですね。ま、特に豊中市とか吹田市とかの自治体、いろんな自治体によって違う悩みや同じ悩みというものがあると。あとはNPO、NGOの人だけ集まる。あるいは研究者だけ集まる、学生だけ集まるという、個別の場も作りながら、場作りってことを行ってきました。
で、その中で名刺交換したりですね、自己紹介し合ったりして、なんかこうやる、やりたいなと思っていることが一致すればプロジェクトにしていくということをしてきました。で、これまでですね、30、30じゃない、30を超えていますね。30以上のプロジェクトを立ち上げてきました。
もう本当に、そのプロジェクトリーダー、阪大の研究者ですけど、本当に一生懸命やってくれてですね。もちろん実装できたものと、途中までやって実装できないで終わったものもあります。
私はあんまりそれ気にしないでですね。あんまり気にしないでとにかく集まってやってみる、やってみて失敗って言いますか、うまくいかないのが当たり前ですけど、うまくいって実装できてるものもあります。
あとはSDGsにそれに絡めていくということもしまして、今1000以上のSDGsの紹介をですね、これとも関連させながら、取り組みを紹介しています。
重要なのは、このプロセスの中で課題が一体何なのか、解決策があるのか、そもそもどんな社会を求めているのか、あるいはどんな価値、何を大切だという風に考えているのかということを双方向で、大学が一方的に教えるのではなくて、こちら側も教わるというような双方の関係で社会の様々なステークホルダーとやり取りをしてきました。
その結果何が生まれたかっていうと、共創ネットワークというのが生まれたのですね。
共創ネットワークって何かって言うとですね、今日もそうです、この会場に来ましたとか、名刺交換しましたとかですね。会場に来た人たち、シンポジウムに来た人たち、登壇した人たち、あるいはもっと深くこうプロジェクトに加わった人たち、プロジェクトのサブリーダーやってくれた企業の人、自治体の人など色々な人がいるわけですね。大体どういうことやっていこうかってなんとなく分かる人たちで、じゃあ翌日からずっとメール交換しているかっていうとやらないのですね。何ヶ月も空いてしまう。場合によったら何年も空くこともあるかもしれないけども思い出した時にですね、実はこういうことやろうと思っているから、誰か応援に駆けつけてくださいとかですね。誰か登壇してくださいとかですね、一緒にやってください。協賛に入ってくださいとかですね。こう頼んで、誰を何か情報を教えてくださいとかですね。そう気軽に頼んでくることができる。こちらも頼める。で、それをいわば、ただで何でもやりますよってな感じで、こういうことができる仲間のネットワークがですね、この8年間でもう300、個人もの方もおられますけども、300ぐらいの組織個人のネットワークをSSIは持つことになりました。
で、このネットワークができたところで、2025年の万博に何をやろうかということで、じゃあ「いのち会議」やろうか、「いのち宣言」出そうかと。これSSIだけではできない。阪大だけではできないのですね。このネットワークがあるから。もう分かっているから、もうこう詳しく説明しなくても何をやろうとしてことか分かっている、分かったよって言ってくれるような人がですね、たくさんいるから、明確なデザインで何をやらなければならないかということが分かるわけです。
SDGsも、もう少し達成率上げないといけないけど、これからどうしようか。4年半しかない。これも一緒に議論することができます。来てくれといえば来てくれます。じゃあそれから先の次のゴールはどうするのだと、もういらないという話も、もうSDGsの次はいらないっていう話もあるけど、やっぱこれはいるだろうと。
今までの作り方じゃなくて、もっとこう市民レベルからの議論をまき起こして若い世代も巻き込みながら、最初から自分とか、自分ごとになっているようなゴール作ろうよと言えばですね、いろんなネットワークの人がですね、こう寄ってきて、自分たちもそうやろうと思っていたんだっていうようなことでやれるんじゃないかと思ってます。
こういった共創ネットワークに基づいて、2023年にですね、関西経済連合会、関西経済同友会、大阪商工会議所が発起人になって「いのち会議」というものを立ち上げました。
で、やっていることは何かと言うと、SSIと同じようなことなのですね。それはまず命の声を聞く。
先ほどの助けを必要とする命ですね。黄色の方です。黄色の命の声を聞く。
アンケートで、受付にもありますけども、あなたはどんな社会を望んでいますか。
そのために必要なことは何ですか。そしてあなたは何ができますかしますか。
というようなことを聞くのですが、やっぱりアンケートだけだと不十分だってことは分かっていて。本当に聞きたいのは声を上げられない人の声。ま、自然の声もそうですけど、声なき声を聞くのが1番難しいのですね。大きい人の声は聞こえるのだけども、本当はこれが嫌だとか、本当はこういうことされているのだとか、だけど言うと恥ずかしいとか、言っていいのかどうかも分からないとかいう声が実はあるわけです。
あの黄色助けを必要とする命の声。これどうやって聞くか。
もう皆さんも是非一緒に考えて欲しいのですが、ここから始まらないとダメなのですね。これはまだ完全にはやれてないことです。ここから始まらないといけない。
で、それを聞いて今度は青色の助けることができる手段を持っている人がいます。組織があります。お金があります。ポジションあります。知識があります。こういう人たちが集まってアクションパネルをやるわけですね。ま、聞き切れない、でもやるわけです。アクションパネルでこういうところに集まってきて、何か一緒にやれることはないかとやるわけです。
で、それを全部記録に取りながら、このアクションプランに基づいていのち宣言というのをこの度出しました。今、テーブルの上にあるものですね。
これで終わりじゃなくて、またいのちの声をちゃんと聞いて、JICAの出身の方もいるのでJICAの協力も得ながら、世界のやっぱりもう消されているような声も聞きながら、本当に何をやらないといけないのかということを話し合って、話し合うだけじゃなくて実行するのだけども、それをまた言語化していくということを2030年までやっていきたいと。
SDGsも少しでも進むようにということと、次のゴールに生かしていきたいということで、ターゲットは2050年ですね、全ての命が輝く社会を目指すと。
これが、ま、SSIもそうですけれども、いのち会議もそれで活動してきました。
で、これが活動の様子です。こうした場を使いながら中之島を中心に、10月11日まで100回以上アクションパネル、まあワークショップのようなものをしてきました。
それに参加してくれていた方々が、今日もおいでいただいておりますけども、12のテーマでアクションパネルやってきました。で、感じる、守る、育む、つなぐ、しる、という5つのグループに分けて、いのち宣言を出しました。
で、いのち宣言の構造なのですけども、最初に前文があります。
この前文があります。命を感じるから始まりますかね。感じる、守る、育む、つむぐ、しる、という順番で宣言が書かれています。宣言の1の1から5の4まで書かれていると思います。
前文プラス22がいのち宣言と呼んでいるものです。
で、これどうやって作ったかと言うともう1冊の分冊になっていますけど、こちらはアクションプランです。
こちらです。最初に感じる、守る、はぐくむ、つなぐ、しる、はどういう意味かというのは作ってあったのですが、こちらに、これ大体1500字です。
で、135人の方に書いていただいて、ま、2人で書いている、3人で書いている方もおられるので、135人の方で103本のアクションプランが書かれています。
これはもうこの2年間ってよりも8年間SSIと先ほど言った共創ネットワーク結んでずっと一緒にやってきてくれた人あるいは組織の方にいのち宣言のアクションプランを書いてくださいと。この会場にも書いてくださった方もおられますけども、お金はないので原稿料払えません。著作権もなんか直さないといけないところがあったらこっちで直さないといけないので著作権もください。そんなに勝手に書き直しはしませんからと言って全部オッケーしてもらってですね。
しかも書いてくれると私や私のチームが赤ペンを入れるのですね。もうちょっとこの言葉こうなりませんかとか言ってですね、赤ペン先生を私がやってですね、返して直させるのですよ。
で、怒るかなと思ったら怒らなくて返してくれて、で、もうちょっと直すために2往復か3往復して、それに我慢してくださって、お付き合いしてくれた方のリストが最後に135人乗っています。それで記事は無記名になっているのです。
全部いのち会議が書いていることにしているけど、あの本当の中身はそれぞれの方々のアクションプランが書かれています。だから実際にもう本当に覚悟を決めてやるアクションなのですね。ですから、やる人もいるのです。内容もあるわけです。
それをいのち会議と一緒にやるという約束をしてくれた。いのち会議が一緒にやると約束をしたものですから、いろいろ書いてあるけれども、一体どうやってやるんですか、誰がやるんですかと言ったことに全部答えられるんですね。こういう人たちとこういうことやってきますと。
だからアクションに裏付けられた、アクションプランに裏付けられた「いのち宣言」というものを共創ネットワークのみんなで作ることができたというわけですね。そういうものになっています。
これが「いのち宣言」の前文です。
私たちに与えられた掛けがえのないこの命。
はかなくて傷つきやすく時の中で変わっていく。
どんな命も輝きを秘め、全ての命は繋がっている。
1つ1つの命を守り、はぐくみ、つないでいこう。
秘めた輝きを解き放とう、生きている意味をしろう、命の源に帰ろう。
これを持ってですね、10月11日に万博のフェスティバルステーションで、いのち宣言フェスティバルを行いました。ちょっと細かくて見えないですね。あの、子供たちにも出ていただきながら小学校、中学生、高校生、そして大学生のプレゼンも含めながら、トークイベントをしたり、あるいは音楽イベントをしたりしました。
で、実はこのいのち宣言暫定版を4月に出したのですね。
英語でも出したのですね。作りかけのものを出して、あの、こちらの薄い方ですけども、そしたらそれを海外に持って行ってくれた人がいて、それを見てですね、応援メッセージを寄せてくれた方がいます。誰かと言うと。
あ、先にこれ、いのち宣言フェスティバルの様子ですね。最後に盆踊りまでしています。
で、誰が寄せてくれたかって言うと、メアリー・マッカリースさんという方がです。
こちらから見つけたのじゃなくて向こうが見つけたのですよ。
このいのち宣言、いのち会議っていうのは、これは素晴らしいと。
彼女はダブリン大学のトリニティ・カレッジ教授を経て1997年から2011年までアイルランド大統領をやっていた人です。
これ若かかりしころなんですけども、イギリスとアイルランドとが領有を争った北アイルランド紛争の時代に、北アイルランドの首都であるベルファストで生涯にわたる人権観・宗教観を培ったと。で、まあ、北アイルランドですね。北アイルランドっていうかイギリスですよ。あの南アイルランドって言いますか、アイルランド共和国が南ですよね。北にちょっとあるところ、そこでずっと紛争やっていました。IRなんかが、爆発なんかやっていたところを生き抜いてきた、生きてきた人です。
で、彼女がですね、北アイルラン出身者として初めてアイルランドの大統領を務めたのです。
北アイルランド出身なのだけどアイルランド共和国の大統領選挙に立候補できるのですね。僕は知らなかったんですけど、立候補したら選ばれて、もうなぜ選ばれたのか分からないんですが選ばれてですね。任期中にケルンの虎と呼ばれる経済成長を遂げました。
アイルランド経済は今もとてもいいですよね、で、さらにですね、駆け橋を築づくビルディングブリッジをテーマに和解を推進し、2011年にはイギリスのエリザベス女王、二世女王をですね、初めてアイルランド共和国に連れて行って、要するある種の和解ですよね。もう19世紀以来からあったアイルランドとイギリスの間の確執を、完全に取り除くわけじゃないのですが、女王が訪問するという形で、実現しました。
で、今は人間と地球の命の尊さに根差した新しい世界のあり方を提唱し追求していると。この方がこのいのち宣言の英語版の仮のものを見て、私が万博行くって言ってきた。
それでこのフェスティバルに前アイルランド大統領が来たいって言っているけれどどうするのかと言っていたら、どうしても来られなくなって残念だ、代わりにメッセージを送ると言って送ってくれました。
動画がありますので見て下さい
(動画を視聴)
マッカリースさんのとっても嬉しいメッセージです。
この後マッカリースさんとは多少メールのやり取りをしていて、彼女が編集している本にいのち会議のことを是非紹介して欲しいと、日本の命の概念をちゃんと紹介してほしいということで私がちょっと書くことになりました。
じゃあ最後に、いのち宣言フェスティバルのこちらもね。
今回発表する宣言は科学や技術の進歩だけではなく他者を思いやる心、人間の尊厳、そして、地球上のあらゆる命への共感を軸とする助け合いの社会を目指します。
いのち宣言
私たちに与えられた
かけがいのないこの命
はかなくて傷つきやすく時の中で変わっていく
どんな命も輝きを秘め
全ての命は繋がっている。
1つ1つの命を守り
ついでいこう。
秘めた輝きを解放し
生きている意味をしろう。
命のみなもとに帰ろう。
はい。ということで、スタートが切れたと思います。
これを、どうやって実践していくかですね、プランはできています。仲間もいます。
こういう盛り上がりもあります。あとはこれを本当に広げていくか、どう実行していくのかと、当面は2030年までですが、それ以後も続けられると思っています。
それを喜んでいるのですが、今よりさらに重い責任を担っていく覚悟と言いますか、担っていこうと思います。
これ1人でやれること、1つの組織がやれることではないので皆さんも是非このネットワークに参加していただいてこれを実現していく広げていく、アイルランドも応援してくれるし、みんなでやっていけばですね、本当に2050年に変えられる、そこにさらに若い人たちが入ってきますから、今の小学生は2100年まで行きますので、そこまで視野に入れて、まあ、こういう縁を大事にしながら一緒に活動していければという風に思いますのでよろしくお願いします。
以上で私の講演終わりたいと思います。
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*この講演要旨・講演録は、OFC事務局の責任で編集したものです。